鷲子山上神社 茨城県 - 神社ファン

有名度

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鷲子山上神社

とりのこさんしょうじんじゃ

茨城県常陸大宮市鷲子3627番地

茨城県常陸大宮市鷲子3627番地

拝殿

Σ64(wikipedia CC 表示 3.0)

鷲子山上神社以外にも フクロウの神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 金運
  • 厄除
鷲子山上神社には

「金運系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

運気上昇 金運福徳 厄難消除

御祭神

天日鷲命 あめのひわしのみこと
大己貴命 おおなむちのみこと
少彦名命 すくなひこなのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

鷲・鷲宮系

です。
他に 「出雲・オオナムチ系」 「少彦名系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鷲子山上神社は茨城県常陸大宮市に鎮座する神社。御祭神は天日鷲命、大己貴命、少彦名命の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
創建は大同2年(807年)、矢又村の大蔵坊宝珠上人が阿波国から天日鷲命を勧請したことに始まる。当初の社名は「鷲権現」で、創建地は朝日岳であった。地元伝承では、宝珠上人が製紙に成功したため、製紙の神である天日鷲命を祀ったとされる。天長5年(828年)、疫病流行の平癒を願い、大己貴命と少彦名命が合祀された。この頃、信仰圏は常陸国・下野国・陸奥国に及び、八溝山地の修験道の修行場としても重要視された。建久8年(1197年)には源頼朝が社殿を再建し、修理料を献納。源実朝も建保2年(1214年)に銭を奉納している。天文21年(1552年)には常陸・下野両国の領主が協力して本殿を復興したことが記された棟札が現存する。江戸時代には佐竹義胤から土地寄進を受け、下野・常陸両国から製紙関係者の信仰を集めた。明治4年(1871年)に社名を「鷲子山上神社」に統一し、翌年には郷社に列した。
鷲子山上神社は、境内が茨城県と栃木県にまたがる県境の神社である。1979年の国土調査では、両県の立会いのもと県境を示すピンが設置され、1990年には本殿などが双方の県指定有形文化財に指定された。参拝者は、境内で二つの県に同時に足を踏み入れることができる。
  • 郷社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 三間社流造銅板葺

神紋

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出典
公式サイト
http://www.torinokosan.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B7%B2%E5%AD%90%E5%B1%B1%E4%B8%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE
茨城県神社庁
https://www.ibarakiken-jinjacho.or.jp/