神明社 潟上市 - 神社ファン

有名度

前頭

神明社

しんめいしゃ

秋田県潟上市飯田川飯塚字中山17

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秋田県潟上市飯田川飯塚字中山17

かんたんご利益

  • 仕事
神明社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣

御祭神

天照皇大神 あまてらすすめおおかみ
天御中主命 あめのみなかぬしのみこと
水波能売神 みずはのめのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系

です。
他に 「不明(1柱)」 「ミヅハノメ系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

神明社は秋田県潟上市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神、天御中主命、水波能売神の3柱をまつる。
社格は旧村社。
境内には貞和3年(1347)の銘を持つ自然石の板碑4基が残る。
戦国時代末期まで、この地には飯塚越前守の居館が置かれ、その守護神として三輪社が祀られていた。三輪社は村の鎮守でもあり、元禄2年(1689)8月まで村人から崇敬を受けた。現在は神明社の境内社として祀られている。
元禄2年(1689)5月17日の夜、浜飯塚の山平重兵衛、児玉丑松、門間吉十郎の3人が八郎潟へ漁に出たところ、水面約10間四方に火炎が上がり、その水底に朽ち木を見つけたと伝えられる。
翌5月18日の早朝、児玉丑松は夢に現れた天照皇大神の神語を受け、再び八郎潟へ舟を出した。魚網を使って水底から約9寸の朽ち木を引き上げると、千手観音の神像であったとされる。神像は浜飯塚の観音尻に堂社を設けて祀られ、後に岡飯塚の水神端へ移された
享保19年(1734)、堂社は現在の神明社境内へ遷され、観音堂が造営された。観音堂には「享保19年改築」と記された棟札が伝わる。
大正14年(1925)には観音堂の修築が行われた。この際、屋根を支える梁から白狐と鹿のミイラが発見され、その後は千手観音像とともに安置された。
神明社観音堂は昭和27年(1952)11月22日に国の重要文化財に指定された。享保19年(1734)の建築で、一間社入母屋造、向拝一間、唐破風造、こけら葺とし、向拝には彫刻が施されている。現在は外側を鞘堂で覆い、その内部に観音堂が納められている。
境内には三輪社のほか、保呂羽社、稲荷社、水神社が祀られている。
例祭は毎年5月5日に行われる。また、7月下旬には特殊神事の蝗除祭が行われている。
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神社詳細

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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/