有名度
十両山神社
やまじんじゃ
宮城県柴田郡柴田町大字四日市場字坂本前205番地
宮城県柴田郡柴田町大字四日市場字坂本前205番地

かんたんご利益
- 仕事
- 安全
山神社には
「仕事系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
諸産業守護 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「三島・大山祇系」
です。他に 「八雷系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
山神社は宮城県柴田郡柴田町に鎮座する神社。御祭神は大山津見神、木之花佐久夜姫神、大雷神の3柱をまつる。
社格は旧村社。
永徳2年(1382)、当地にあった鬼石の下から湧き出る水によって病にかかる者が相次いだため、山城国葛野郡平野から来た修験僧の宥法が七日七夜にわたる加持祈祷を行ったと伝えられる。祈祷によって水毒が消え、病人も平癒したことから、宥法はこの湧水を「延命水」と名付け、その地に堂宇を建立して雲南大権現と称した。別当所は鬼石山来光院延命寺と号し、祭祀を担った。
社殿は同年2月、引地山城守によって建立された。その後、文禄2年(1593)の火災により神鏡を残して社殿を焼失したが、慶長2年(1597)、引地山城守の分家にあたる肝入七郎右衛門によって再建された。
明治5年(1872)、神仏分離に伴って山神社へ改称し、翌明治6年(1873)には村社に列した。例祭は毎年4月3日に行われ、古くから伝わる祭祀が受け継がれている。
社格は旧村社。
永徳2年(1382)、当地にあった鬼石の下から湧き出る水によって病にかかる者が相次いだため、山城国葛野郡平野から来た修験僧の宥法が七日七夜にわたる加持祈祷を行ったと伝えられる。祈祷によって水毒が消え、病人も平癒したことから、宥法はこの湧水を「延命水」と名付け、その地に堂宇を建立して雲南大権現と称した。別当所は鬼石山来光院延命寺と号し、祭祀を担った。
社殿は同年2月、引地山城守によって建立された。その後、文禄2年(1593)の火災により神鏡を残して社殿を焼失したが、慶長2年(1597)、引地山城守の分家にあたる肝入七郎右衛門によって再建された。
明治5年(1872)、神仏分離に伴って山神社へ改称し、翌明治6年(1873)には村社に列した。例祭は毎年4月3日に行われ、古くから伝わる祭祀が受け継がれている。
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神社詳細
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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