有名度
十両尾崎神社
おさきじんじゃ
岩手県大船渡市赤崎町字鳥沢190-1
岩手県大船渡市赤崎町字鳥沢190-1

かんたんご利益
- 仕事
尾崎神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。他に 「ワタツミ系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
尾崎神社は岩手県大船渡市に鎮座する神社。御祭神は稲倉魂神、海住神の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝によれば、延暦2年(783)の創立とされ、平安時代の『延喜式』神名帳に記載された気仙郡三座の一つ、理訓許段神社にあたると伝えられている。仁寿2年(852)には理訓許段神に従五位下の神階が授けられており、古くから朝廷の崇敬を受けた神としてその名が記録に残る。
平安時代末期の養和元年(1181)には、鎮守府将軍藤原秀衡が200石を社領として寄進したと伝えられる。その後も葛西氏が当社を崇敬し、天正年間(1573~1592)まで社領を付して祭祀を支えたという。こうして中世を通じて有力者の庇護を受け、気仙地方の総鎮守として信仰を集めてきた。
寛永2年(1625)には類焼に見舞われ、伝来していた古文書や宝物を失った。江戸時代に入ってからも気仙総鎮守としての崇敬は続き、仙台藩主伊達氏も領内を巡国した際に参拝したと伝えられている。
現在、本殿は尾崎岬の山上に鎮座し、麓には山上の本殿を拝するための遥拝殿が設けられている。古代から続くとされる信仰を受け継ぎながら、尾崎岬を中心に祭祀が守られている。例祭は旧暦3月16日に斎行される。
社格は旧郷社。
社伝によれば、延暦2年(783)の創立とされ、平安時代の『延喜式』神名帳に記載された気仙郡三座の一つ、理訓許段神社にあたると伝えられている。仁寿2年(852)には理訓許段神に従五位下の神階が授けられており、古くから朝廷の崇敬を受けた神としてその名が記録に残る。
平安時代末期の養和元年(1181)には、鎮守府将軍藤原秀衡が200石を社領として寄進したと伝えられる。その後も葛西氏が当社を崇敬し、天正年間(1573~1592)まで社領を付して祭祀を支えたという。こうして中世を通じて有力者の庇護を受け、気仙地方の総鎮守として信仰を集めてきた。
寛永2年(1625)には類焼に見舞われ、伝来していた古文書や宝物を失った。江戸時代に入ってからも気仙総鎮守としての崇敬は続き、仙台藩主伊達氏も領内を巡国した際に参拝したと伝えられている。
現在、本殿は尾崎岬の山上に鎮座し、麓には山上の本殿を拝するための遥拝殿が設けられている。古代から続くとされる信仰を受け継ぎながら、尾崎岬を中心に祭祀が守られている。例祭は旧暦3月16日に斎行される。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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