有名度
十両月山神社
がっさんじんじゃ
岩手県奥州市江刺区梁川字大尻60
岩手県奥州市江刺区梁川字大尻60

かんたんご利益
- 厄除
月山神社には
「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
開運招福 人生守護
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「出羽三山系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
月山神社は岩手県奥州市に鎮座する神社。御祭神は月夜見命、稲倉魂神、大山祇命の3柱をまつる。
延暦18年(799)、坂上田村麻呂が東夷征討のため当地を進軍した際、一族の登久麻呂をこの地に住まわせ、菅生・軽石・鴨沢の三村にまたがる月山の山頂に神を奉斎したことに始まると伝えられている。延暦21年(802)には出羽大神を迎え、さらに大同4年(809)には湯殿神を合祀し、月山を中心とする信仰が形づくられていった。
文治年間(1185~1190)になると、当地を領した葛西氏一族が当社を篤く崇敬し、月山大権現と称した。また、葛西氏は月山の麓に居館を構え、その館は葛西館と呼ばれた。元禄7年(1694)には葛西三郎兵衛と下代の横山弥兵衛によって社殿が再建され、山頂での祭祀が受け継がれた。
しかし、安永年間(1772~1780)に野火が発生し、山頂の社殿は焼失した。これを機に神霊を山麓へ奉遷し、新たな地で祭祀を続けることとなった。明治4年(1871)には神仏分離の時代を迎えて月山大権現から月山神社へと改称し、明治33年(1900)には無格社となった。
昭和7年(1932)9月には本殿と拝殿を新築し、現在へと続く社殿が整えられた。山頂での創祀から合祀、葛西氏による崇敬、火災に伴う山麓への奉遷を経ながら、その信仰が受け継がれてきた。例祭は毎年9月19日に斎行される。
延暦18年(799)、坂上田村麻呂が東夷征討のため当地を進軍した際、一族の登久麻呂をこの地に住まわせ、菅生・軽石・鴨沢の三村にまたがる月山の山頂に神を奉斎したことに始まると伝えられている。延暦21年(802)には出羽大神を迎え、さらに大同4年(809)には湯殿神を合祀し、月山を中心とする信仰が形づくられていった。
文治年間(1185~1190)になると、当地を領した葛西氏一族が当社を篤く崇敬し、月山大権現と称した。また、葛西氏は月山の麓に居館を構え、その館は葛西館と呼ばれた。元禄7年(1694)には葛西三郎兵衛と下代の横山弥兵衛によって社殿が再建され、山頂での祭祀が受け継がれた。
しかし、安永年間(1772~1780)に野火が発生し、山頂の社殿は焼失した。これを機に神霊を山麓へ奉遷し、新たな地で祭祀を続けることとなった。明治4年(1871)には神仏分離の時代を迎えて月山大権現から月山神社へと改称し、明治33年(1900)には無格社となった。
昭和7年(1932)9月には本殿と拝殿を新築し、現在へと続く社殿が整えられた。山頂での創祀から合祀、葛西氏による崇敬、火災に伴う山麓への奉遷を経ながら、その信仰が受け継がれてきた。例祭は毎年9月19日に斎行される。
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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