有名度
十両岩谷稲荷神社
いわやいなりじんじゃ
岩手県盛岡市山岸銭神沢下80
岩手県盛岡市山岸銭神沢下80

かんたんご利益
- 仕事
岩谷稲荷神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。他に 「諏訪系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
岩谷稲荷神社は岩手県盛岡市に鎮座する神社。御祭神は倉稲魂命、建御名方命の2柱をまつる。
社格は旧村社。
宝永7年(1710)6月、盛岡藩5代藩主・南部利幹によって創建された。盛岡城内の淡路丸には榊山稲荷社が鎮座していたが、一般の人々は城内へ参詣することができなかったため、藩主は庶民も参拝できる稲荷社として岩谷稲荷神社を建立した。
享保10年(1725)9月11日には、南部利視が下小路の中ほどに榊山稲荷社の御旅所を造営して祭典を執り行い、その後は御神体を御旅所に奉安し、祭礼の際に岩谷稲荷神社へ遷して神事が営まれるようになった。
明治初年の廃城に伴い、盛岡城内の榊山稲荷社と下小路の御旅所は姿を消したが、岩谷稲荷神社は村社として存続した。さらに明治42年(1909)には永福寺背後に鎮座していた岡山神社の建御名方命を合祀し、明治44年(1911)には本殿を改築した。続いて大正2年(1913)7月に神饌幣帛料供進神社へ指定され、大正15年(1926)秋には本殿・拝殿の改築と社務所の新築が行われた。かつては境内の藤が名所として知られ、現在も例祭は毎年5月9日に斎行されている。
社格は旧村社。
宝永7年(1710)6月、盛岡藩5代藩主・南部利幹によって創建された。盛岡城内の淡路丸には榊山稲荷社が鎮座していたが、一般の人々は城内へ参詣することができなかったため、藩主は庶民も参拝できる稲荷社として岩谷稲荷神社を建立した。
享保10年(1725)9月11日には、南部利視が下小路の中ほどに榊山稲荷社の御旅所を造営して祭典を執り行い、その後は御神体を御旅所に奉安し、祭礼の際に岩谷稲荷神社へ遷して神事が営まれるようになった。
明治初年の廃城に伴い、盛岡城内の榊山稲荷社と下小路の御旅所は姿を消したが、岩谷稲荷神社は村社として存続した。さらに明治42年(1909)には永福寺背後に鎮座していた岡山神社の建御名方命を合祀し、明治44年(1911)には本殿を改築した。続いて大正2年(1913)7月に神饌幣帛料供進神社へ指定され、大正15年(1926)秋には本殿・拝殿の改築と社務所の新築が行われた。かつては境内の藤が名所として知られ、現在も例祭は毎年5月9日に斎行されている。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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