櫻山神社 岩手県 - 神社ファン

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櫻山神社

さくらやまじんじゃ

岩手県盛岡市内丸1-42

😞 🙁 😐 🙂 😄

岩手県盛岡市内丸1-42

拝殿

掬茶(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 学業
櫻山神社には

「健康系(有名)」「仕事系」「学業・技芸系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

永続神 開拓神 安泰神 学問神

御祭神

南部光行公 なんぶみつゆきこう
南部信直公 なんぶのぶなおこう
南部利直公 なんぶとしなおこう
南部利敬公 なんぶとしたかこう

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

櫻山神社は岩手県盛岡市に鎮座する神社。御祭神は南部光行公、南部信直公、南部利直公、南部利敬公の4柱をまつる。
社格は旧県社。
寛延2年(1749年)、盛岡藩第8代藩主・南部利視は、盛岡藩初代藩主・南部信直の神霊をまつるため、盛岡城本丸東側の淡路丸に神殿を建立した。同年9月26日に信直の神霊を勧請して淡路丸大明神と称したことが、櫻山神社の創建である。
神殿が建てられた淡路丸には桜の木が多く植えられていたことから、この一帯は櫻山と呼ばれた。文化9年(1812年)8月13日、盛岡藩第11代藩主・南部利敬は、淡路丸大明神を櫻山大明神へ改称した。さらに文化15年(1818年)4月には、南部家初代の南部光行が合祀され、祭神に加えられた。
明治維新後、盛岡城は明治政府に接収され、明治4年(1871年)9月、櫻山神社の御神体は岩手郡加賀野村の妙泉寺山へ仮遷座した。明治10年(1877年)5月20日には、盛岡の下北山にあった南部家の菩提寺・聖寿禅寺跡へ新たな社殿が造営され、御神体が遷座した。明治14年(1881年)1月には県社に列格している。
明治23年(1890年)に旧盛岡城地が南部家へ払い下げられると、旧盛岡藩士や旧藩領の住民から旧城内への遷座を望む声が上がった。これを受けて明治32年(1899年)、盛岡城旧三の丸の鳩森下曲輪跡に境内地が造成され、本殿・拝殿・神門が建立された。翌明治33年(1900年)、櫻山神社は現在地へ遷座し、現在の境内は盛岡城跡の石垣に接する、かつて勘定所などが置かれていた場所に位置している。
大正元年(1912年)10月には、盛岡藩第2代藩主・南部利直と第11代藩主・南部利敬が合祀され、現在の4柱の祭神構成となった。
境内には本殿、拝殿、神門が建ち、背後には盛岡城築城時に現れたと伝わる烏帽子岩が残る。烏帽子岩は盛岡藩政期から災害や疫病の平安祈願が行われた岩として祭祀の対象となってきた。また、神社には南北朝時代初期の刀工・国長作の刀が伝わり、大正15年(1926年)に南部利淳から寄進され、国の重要文化財に指定されている。
例大祭は毎年5月25日から27日まで斎行される。25日の神輿渡御では、騎馬武者や南部家当主を伴う行列が盛岡市内を巡行し、盛岡城内の旧本殿跡で由緒祭が執り行われる。26日の祭儀では、御神前に盛岡藩ゆかりの品々や海山の幸が供えられ、酒と鮭を献じる蛇沼相米の儀や、和歌を奉納する献詠の儀が行われる。
  • 県社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

境内社 南部稲荷神社
五穀豊穣の神

例祭

盛岡市内丸1-42 
元旦祭・歳旦祭 1月1日
年越祭裸詣り 1月26日
節分祭 2月3日
由緒祭 5月25日
例祭 5月26日
報賽祭 5月27日
夏越大祓式 6月26日
新嘗祭 11月26日
大祓式 12月26日
除夜祭 12月31日

文化財

刀 無銘 伝来国長作
国 重要文化財
工芸品 昭和2年4月25日指定

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.sakurayamajinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%9C%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%9B%9B%E5%B2%A1%E5%B8%82)
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/