南部信直 神社の神様 - 神社ファン

南部信直

なんぶのぶなお

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
南部信直

もりおか歴史文化館所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 大名

戦国~安土桃山 [1546年~1599年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 南部信直とは?

    南部信直(1546-1599)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、大名。南部氏26代当主で、南部家中興の祖といわれる。父は石川高信だが、1565年、陸奥三戸城城主・南部晴政の養子となった。その後晴政に実子・晴継が誕生したことで信直の立場は危ぶまれたが、晴政が亡くなり晴継が家督を継いだ後急死したため、最終的には信直が南部氏26代当主となった。他の当主候補もいたため南部家中は一時不穏な状態となったが、信直は持ち前の判断力で中央政権と連携、南部氏の領地の安定を図った。この時の当主候補が九戸氏当主・九戸政実の弟・九戸実親だったが、九戸政実は1591年に九戸政実の乱を起こしており、信直は豊臣秀次を総大将とした援軍を得て政実らを処刑した。蒲生氏郷が豊臣秀吉の命で九戸城を改修し、信直はそれを福岡城と称し居城とした。また、以前失った津軽3ヶ郡の代わりに和賀郡、稗貫郡の2ヶ郡が加増され、大名としての地位を確立させた。しかし1599年、築城中の盛岡城の完成を見ずに54歳で死去した。 岩手県盛岡市内丸にある櫻山神社は、南部家初代・南部光行や信直の子・利直らとともに信直を主祭神として祀っている。この神社は盛岡藩8代南部利視が信直を偲び、盛岡城内淡路丸に神殿を建立したものがはじまりと伝わっている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。