南部光行 神社の神様 - 神社ファン

南部光行

なんぶみつゆき

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
南部光行

盛岡市中央公民館所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング776位

  • 武人

平安~鎌倉 [1165年~1236年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 南部光行とは?

    南部光行(1165-1236)は、平安時代後期から鎌倉時代前期にかけての武将。南部氏の始祖として知られている。父は加賀美遠光。1180年、石橋山の戦いで源頼朝に従い参戦、功を挙げて甲斐国南部牧を与えられた。この時に南部姓を称した。1189年、奥州合戦の褒賞で陸奥国糠部五郡を加増される。「糠部入部説」によると、光行が従者を連れ糠部郡へ来た際に三戸の観音堂で一夜を過ごしたが、手狭なため周辺の豪農の居宅を借り上げ一夜のうちに堀を巡らせたという。1193年、奥州南部家の最初の城・平良ヶ崎城を築いた。しかし平良ヶ崎城には次男で世子の南部実光をとどめ置き、光行自身は翌年頼朝に従って上洛すると、以降は奥州にはほとんど赴くことはせずに鎌倉で過ごしたという。その頃の「吾妻鏡」には頼朝の鶴岡八幡宮への御塔供養の際「信濃三郎光行」が随兵を務めたと記されており、信濃姓の表記が使われるのはこれが最後で、以降は南部姓で統一されている。没年については1215年、1236年、1238年の説があるが、一番有力な説は1236年説である。6人の息子はそれぞれ南部氏一族支流の祖となっている。 青森県三戸郡三戸町にある糠部神社は、光行を主祭神として祀っている。三戸在住の旧南部藩士族佐藤連之助氏が主唱者となり創建された。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。