南部利直
なんぶとしなお
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 大名
安土桃山~江戸 [1576年~1632年]
南部利直とは?
南部利直(1576-1632)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名。陸奥国森岡藩初代藩主。南部氏27代・盛岡南部家2代当主。南部信直の長男。1590年に前田利家を烏帽子親として元服し、「利」の字を授与される。豊臣秀吉の死後は父・信直とともに徳川家康に接近。1599年に父・信直が死去したため家督を継いだ。1600年の関ヶ原の戦いでは最上義光の後援として山形に出陣したが、同時期に領土拡大を謀った伊達政宗が和賀忠親を煽動し起こした一揆のため、帰国して一揆鎮圧にあたった。盛岡築城や城下町の整備を行い、白根金山や西道金山をはじめとした鉱山開発をして財政を安定させ、九戸政実の乱の先例から家臣の多くを処罰追放して権力を強め盛岡藩の基礎を築くなど、利直の内政手腕は後世にも高く評価されている。1614年の大坂冬の陣にも参陣、江戸幕府との関係強化に努めた。57歳、江戸桜田屋敷で死去。 岩手県盛岡市内丸の盛岡城三の丸跡に鎮座する桜山神社では、南部光行、信直、利敬とともに利直が主祭神として祀られている。江戸時代中期に創建され、南部藩の総鎮守として信仰されてきた。
ご神徳
ご神徳は不明です。
