有名度
十両若宮八幡宮
わかみやはちまんぐう
岩手県久慈市夏井町鳥谷第9地割1番地4
岩手県久慈市夏井町鳥谷第9地割1番地4

かんたんご利益
- 子供
- 安全
- 厄除
- 家庭
若宮八幡宮には
「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
災難消滅 悪霊退散 海上交通 家内安全 子孫繁栄
御祭神
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
若宮八幡宮は岩手県久慈市に鎮座する神社。御祭神は大鷦鷯命、毘沙門天神、稲荷大明神の3柱をまつる。
若宮八幡宮は、大同2年(807)、征夷大将軍・坂上田村麻呂が建立したと伝えられる古社で、古くは毘沙門天と称した。坂上田村麻呂の後裔とされる田村家が代々神主を務め、鳥谷、大崎、閉伊ノ口の各村から篤い崇敬を受けながら祭祀が受け継がれてきた。
寛保3年(1743)旧暦8月15日には、鳥谷清十郎が鼻舘の高台に大鷦鷯命をまつる若宮八幡宮を創立した。その後、明治5年(1872)8月の神仏分離により、それまで信仰の対象であった108体の毘沙門天像は焼却されることとなった。このうち2体は信者によって持ち出され、門前の長泉寺にある大木の根元へ安置されたが、後に発見された際には腐食が進んでいたため、残された部分を白布で包み、同寺の観音堂へ納められた。また、焼却された106体分の灰は水瓶に納められ、本殿下の土中へ埋納された。さらに同年、鼻舘の若宮八幡宮から大鷦鷯命を毘沙門天の旧社殿へ遷座し、社名も若宮八幡宮へ改められた。
昭和28年(1953)には、若宮八幡宮の社殿を鼻舘の現在地へ移築し、毘沙門天像の灰を納めた水瓶もあわせて遷され、現在も本殿下の土中に安置されている。例祭は旧暦8月15日に執り行われ、岩手県指定無形民俗文化財の夏井大梵天神楽が奉納されることで知られる。また、境内には金勢神社、川崎稲荷神社、八幡神社がまつられ、地域の信仰と伝統文化を今に伝えている。
若宮八幡宮は、大同2年(807)、征夷大将軍・坂上田村麻呂が建立したと伝えられる古社で、古くは毘沙門天と称した。坂上田村麻呂の後裔とされる田村家が代々神主を務め、鳥谷、大崎、閉伊ノ口の各村から篤い崇敬を受けながら祭祀が受け継がれてきた。
寛保3年(1743)旧暦8月15日には、鳥谷清十郎が鼻舘の高台に大鷦鷯命をまつる若宮八幡宮を創立した。その後、明治5年(1872)8月の神仏分離により、それまで信仰の対象であった108体の毘沙門天像は焼却されることとなった。このうち2体は信者によって持ち出され、門前の長泉寺にある大木の根元へ安置されたが、後に発見された際には腐食が進んでいたため、残された部分を白布で包み、同寺の観音堂へ納められた。また、焼却された106体分の灰は水瓶に納められ、本殿下の土中へ埋納された。さらに同年、鼻舘の若宮八幡宮から大鷦鷯命を毘沙門天の旧社殿へ遷座し、社名も若宮八幡宮へ改められた。
昭和28年(1953)には、若宮八幡宮の社殿を鼻舘の現在地へ移築し、毘沙門天像の灰を納めた水瓶もあわせて遷され、現在も本殿下の土中に安置されている。例祭は旧暦8月15日に執り行われ、岩手県指定無形民俗文化財の夏井大梵天神楽が奉納されることで知られる。また、境内には金勢神社、川崎稲荷神社、八幡神社がまつられ、地域の信仰と伝統文化を今に伝えている。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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