有名度
十両熊野宮
くまのみや
青森県南津軽郡藤崎町大字水木字古館15
青森県南津軽郡藤崎町大字水木字古館15

かんたんご利益
- 健康
- 安全
熊野宮には
「健康系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「熊野系」
です。他に 「八幡系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
熊野宮は青森県南津軽郡藤崎町に鎮座する神社。御祭神は伊邪那岐神、伊邪那美神、誉田別尊の3柱をまつる。
熊野宮は、中世に浪岡北畠氏の一族である溝城氏の拠点となった溝城舘、のちの水木城の舘神として創建されたと伝えられる。水木城は沼沢地を利用した平城で、周囲に熊野宮や八幡宮を配置し、有事に備えた砦の役割を果たしていたという。
永禄5年(1562)、北畠一族の内紛である川原御所の反乱が起こると、溝城舘は浪岡御所の軍勢に攻められて落城したと伝えられる。その後、溝城氏は津軽為信に仕え、水木氏を称した。文禄年間(1592~1596)には、地名も溝城から水木へ改められたとされる。
現在の熊野宮周辺には水木城の堀跡が残り、後方の高台は館跡と伝えられている。水木舘遺跡では平成4年(1992)から3年間にわたり発掘調査が実施された。境内には鳥居に巻き付く昇り龍の彫刻が施され、狛犬とともに熊をかたどった石像が置かれている。
熊野宮は、中世に浪岡北畠氏の一族である溝城氏の拠点となった溝城舘、のちの水木城の舘神として創建されたと伝えられる。水木城は沼沢地を利用した平城で、周囲に熊野宮や八幡宮を配置し、有事に備えた砦の役割を果たしていたという。
永禄5年(1562)、北畠一族の内紛である川原御所の反乱が起こると、溝城舘は浪岡御所の軍勢に攻められて落城したと伝えられる。その後、溝城氏は津軽為信に仕え、水木氏を称した。文禄年間(1592~1596)には、地名も溝城から水木へ改められたとされる。
現在の熊野宮周辺には水木城の堀跡が残り、後方の高台は館跡と伝えられている。水木舘遺跡では平成4年(1992)から3年間にわたり発掘調査が実施された。境内には鳥居に巻き付く昇り龍の彫刻が施され、狛犬とともに熊をかたどった石像が置かれている。
スポンサーリンク
神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
