有名度
十両八幡宮
はちまんぐう
青森県つがる市森田町中田米館3
青森県つがる市森田町中田米館3

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。他に 「稲荷系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡宮は青森県つがる市に鎮座する神社。御祭神は誉田別尊、倉稲魂命の2柱をまつる。
鎮座地の中田は、かつて漆館村と呼ばれた。安政2年(1855年)の神社書上帳には、漆館村の八幡宮と正一位稲荷宮はいずれも天和3年(1683年)3月15日に村中によって建立されたと記されている。稲荷宮は村内安全と五穀豊穣を祈願するために創建され、社殿が損傷した際には村人によって再建が行われた。
享保16年(1731年)の検地水帳には、漆館村の稲荷社地として8間四方、2畝4歩の土地が記録されている。また、元文2年(1737年)の記録には、小野井伊賀太夫が管理する稲荷社地が見える。
安政2年当時の稲荷宮本社は板葺、雨覆は萱葺で、毎年村中から御供米1斗2升が奉納されていた。また、宝暦8年(1758年)、寛政9年(1797年)、文政3年(1820年)、弘化2年(1845年)、安政2年(1855年)の棟札が伝えられていた。後に八幡宮と稲荷宮は相殿となり、現在の八幡宮へ受け継がれている。例祭は毎年7月19日に行われる。
鎮座地の中田は、かつて漆館村と呼ばれた。安政2年(1855年)の神社書上帳には、漆館村の八幡宮と正一位稲荷宮はいずれも天和3年(1683年)3月15日に村中によって建立されたと記されている。稲荷宮は村内安全と五穀豊穣を祈願するために創建され、社殿が損傷した際には村人によって再建が行われた。
享保16年(1731年)の検地水帳には、漆館村の稲荷社地として8間四方、2畝4歩の土地が記録されている。また、元文2年(1737年)の記録には、小野井伊賀太夫が管理する稲荷社地が見える。
安政2年当時の稲荷宮本社は板葺、雨覆は萱葺で、毎年村中から御供米1斗2升が奉納されていた。また、宝暦8年(1758年)、寛政9年(1797年)、文政3年(1820年)、弘化2年(1845年)、安政2年(1855年)の棟札が伝えられていた。後に八幡宮と稲荷宮は相殿となり、現在の八幡宮へ受け継がれている。例祭は毎年7月19日に行われる。
スポンサーリンク
神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
