有名度
十両胸肩神社
むなかたじんじゃ
青森県西津軽郡鰺ヶ沢町浜町82
青森県西津軽郡鰺ヶ沢町浜町82

かんたんご利益
- 仕事
- 金運
- 安全
胸肩神社には
「仕事系」「金運系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
海上安全 豊漁 財運向上
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「宗像・厳島系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
胸肩神社は青森県西津軽郡鰺ヶ沢町に鎮座する神社。御祭神は多紀理比売命、市杵島比売命、多岐津比売命の3柱をまつる。
社格は旧村社。
文政年間(1818~1830年)に富根町が、安政年間(1854~1860年)に淀町が開かれた。当時、両町には産土神がなかったため、町奉行・斎藤熊蔵を通じて弘前藩主津軽家の御舘神の分霊を勧請することを願い出た。
万延元年(1860年)に許可を受け、富根町と淀町が共同で町の南部に豐受美神社を創建した。明治6年(1873年)には俳句額が奉納され、評者として清貧庵と梅廼家の名が記されるほか、長内重次郎の名も刻まれている。
明治7年(1874年)には堂宇が再建され、境内には稲荷宮も建立された。
社格は旧村社。
文政年間(1818~1830年)に富根町が、安政年間(1854~1860年)に淀町が開かれた。当時、両町には産土神がなかったため、町奉行・斎藤熊蔵を通じて弘前藩主津軽家の御舘神の分霊を勧請することを願い出た。
万延元年(1860年)に許可を受け、富根町と淀町が共同で町の南部に豐受美神社を創建した。明治6年(1873年)には俳句額が奉納され、評者として清貧庵と梅廼家の名が記されるほか、長内重次郎の名も刻まれている。
明治7年(1874年)には堂宇が再建され、境内には稲荷宮も建立された。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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