有名度
十両八幡宮
はちまんぐう
青森県北津軽郡板柳町野中字若松69
青森県北津軽郡板柳町野中字若松69

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利 五穀豊穣 商売繁盛
御祭神
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡宮は青森県北津軽郡板柳町に鎮座する神社。御祭神は譽田別尊、倉稲魂命の2柱をまつる。
創建年代は不詳である。野中村には、慶安5年(1652年)または承応2年(1653年)に勧請されたと伝わる稲荷宮があった。
明治6年(1873年)に稲荷宮は境村の八幡宮へ合祀されたが、野中村からの参詣に不便であったため、その後、合祀を解かれて村へ戻された。
明治8年(1875年)、復社した稲荷宮は野添村の八幡宮と合祀され、野中八幡宮と称した。これにより、八幡神と稲荷神をともに祀る現在の形となった。地図などでは野中神社と表記されることもある。
創建年代は不詳である。野中村には、慶安5年(1652年)または承応2年(1653年)に勧請されたと伝わる稲荷宮があった。
明治6年(1873年)に稲荷宮は境村の八幡宮へ合祀されたが、野中村からの参詣に不便であったため、その後、合祀を解かれて村へ戻された。
明治8年(1875年)、復社した稲荷宮は野添村の八幡宮と合祀され、野中八幡宮と称した。これにより、八幡神と稲荷神をともに祀る現在の形となった。地図などでは野中神社と表記されることもある。
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神社詳細
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神紋
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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