有名度
十両八幡宮
はちまんぐう
青森県弘前市石川字寺山62
青森県弘前市石川字寺山62

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
八幡宮には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」 「不明(柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八幡宮は青森県弘前市に鎮座する神社。御祭神は誉田別尊、伊弉諾尊、伊弉册尊の3柱をまつる。
八幡宮は、天文3年(1534年)7月1日の創建と伝えられる。当初は十一面観音を本尊としていたが、その後、上石川村・下石川村周辺の農民の安泰を祈願して熊野大権現がまつられるようになった。
石川城主・南部高信は八幡館に八幡大菩薩宮を建立し、祈願所として金品を奉納したと伝えられる。その後、社殿が荒廃したため、文政11年(1828年)4月8日に住職・権大僧都法印玄眠が八幡神を熊野宮へ奉遷して合祀し、「三山熊野宮」と称した。
明治5年(1872年)の神仏分離を経て、明治6年(1873年)7月15日に熊野宮と合祀し、社名を八幡宮へ改めた。昭和21年(1946年)6月19日には宗教法人令に基づく宗教法人となり、昭和25年(1950年)11月9日には境内地の譲与が認可されている。
境内の鳥居には津軽地方に伝わる鬼像が掲げられており、旧鬼像は現在も拝殿内に保管されている。
八幡宮は、天文3年(1534年)7月1日の創建と伝えられる。当初は十一面観音を本尊としていたが、その後、上石川村・下石川村周辺の農民の安泰を祈願して熊野大権現がまつられるようになった。
石川城主・南部高信は八幡館に八幡大菩薩宮を建立し、祈願所として金品を奉納したと伝えられる。その後、社殿が荒廃したため、文政11年(1828年)4月8日に住職・権大僧都法印玄眠が八幡神を熊野宮へ奉遷して合祀し、「三山熊野宮」と称した。
明治5年(1872年)の神仏分離を経て、明治6年(1873年)7月15日に熊野宮と合祀し、社名を八幡宮へ改めた。昭和21年(1946年)6月19日には宗教法人令に基づく宗教法人となり、昭和25年(1950年)11月9日には境内地の譲与が認可されている。
境内の鳥居には津軽地方に伝わる鬼像が掲げられており、旧鬼像は現在も拝殿内に保管されている。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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