有名度
十両熊野宮
青森県弘前市浜の町東二丁目12-20
青森県弘前市浜の町東二丁目12-20

かんたんご利益
- 健康
- 安全
熊野宮には
「健康系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「熊野系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
熊野宮は青森県弘前市に鎮座する神社。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、事解男命、速玉男命の4柱をまつる。
社伝によれば、熊野宮は寛文8年(1668年)に創建された。元禄15年(1702年)の社堂縁起にもその由緒が記されており、もとは萢中地区の産土神としてまつられていた。明治初年には元鳥町の産土神であった加茂神社を合祀し、鎮座地は鳥町字戸草136番地および官有地2畝28歩とされた。当時の氏子は浜ノ町、鳥町、萢中を合わせて155戸であった。
『萢中村熊野宮』には、寛文8年(1668年)9月に佐々木七左衛門と村人によって社殿が建立され、御供米や祠堂田畑が寄進されたことが記されている。社殿は板葺の本殿を中心に、拝殿や神楽殿などが整えられ、浜ノ町からの発議により再建も行われた。現存する棟札からは、正徳6年(1716年)、享保11年(1726年)、寛保元年(1741年)、明和3年(1766年)、寛政7年(1795年)、文政4年(1821年)の6度にわたり建て替えや修復が行われ、国家安穏と地域の安全が祈願されてきたことがうかがえる。
境内は南北・東西に広がる社地を有し、現在の拝殿は大正11年(1922年)5月14日に竣工したものである。間口5間、奥行3間、三方に縁を巡らせた鉄板葺の建物で、修理を重ねた旧奥殿も現存している。
社伝によれば、熊野宮は寛文8年(1668年)に創建された。元禄15年(1702年)の社堂縁起にもその由緒が記されており、もとは萢中地区の産土神としてまつられていた。明治初年には元鳥町の産土神であった加茂神社を合祀し、鎮座地は鳥町字戸草136番地および官有地2畝28歩とされた。当時の氏子は浜ノ町、鳥町、萢中を合わせて155戸であった。
『萢中村熊野宮』には、寛文8年(1668年)9月に佐々木七左衛門と村人によって社殿が建立され、御供米や祠堂田畑が寄進されたことが記されている。社殿は板葺の本殿を中心に、拝殿や神楽殿などが整えられ、浜ノ町からの発議により再建も行われた。現存する棟札からは、正徳6年(1716年)、享保11年(1726年)、寛保元年(1741年)、明和3年(1766年)、寛政7年(1795年)、文政4年(1821年)の6度にわたり建て替えや修復が行われ、国家安穏と地域の安全が祈願されてきたことがうかがえる。
境内は南北・東西に広がる社地を有し、現在の拝殿は大正11年(1922年)5月14日に竣工したものである。間口5間、奥行3間、三方に縁を巡らせた鉄板葺の建物で、修理を重ねた旧奥殿も現存している。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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