有名度
十両日吉神社
ひよしじんじゃ
青森県青森市野内字山王林65-2
青森県青森市野内字山王林65-2

かんたんご利益
- 仕事
- 厄除
- 家庭
日吉神社には
「仕事系」「厄除・開運系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
諸産業繁栄 家系繁栄 厄除け
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「日吉・山王系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
日吉神社は青森県青森市に鎮座する神社。御祭神は事代主神、大山咋神、大物主神の3柱をまつる。
社格は旧村社。
寛永17年(1640年)、矢田・山王・長森の3村が再興し、産土神として奉斎したとも伝えられている。
津軽藩2代藩主・津軽信牧は山王宮を篤く崇敬し、津軽家の祈願所とした。後に分霊は弘前城下の田茂木町へ遷されたが、当地には社地と堂宇が残され、引き続き村の鎮守として祭祀が営まれた。
明治初期には日吉神社への改称を願い出たものの認められず、明治6年(1873年)3月に宮田村の八幡宮へ合祀された。しかし、明治8年(1875年)2月に復社し、翌明治9年(1876年)12月には村社へ列せられた。
鎮座地は野内であるが、隣接する矢田地区の産土神としても崇敬され、「山王さま」の名で広く親しまれている。
社格は旧村社。
寛永17年(1640年)、矢田・山王・長森の3村が再興し、産土神として奉斎したとも伝えられている。
津軽藩2代藩主・津軽信牧は山王宮を篤く崇敬し、津軽家の祈願所とした。後に分霊は弘前城下の田茂木町へ遷されたが、当地には社地と堂宇が残され、引き続き村の鎮守として祭祀が営まれた。
明治初期には日吉神社への改称を願い出たものの認められず、明治6年(1873年)3月に宮田村の八幡宮へ合祀された。しかし、明治8年(1875年)2月に復社し、翌明治9年(1876年)12月には村社へ列せられた。
鎮座地は野内であるが、隣接する矢田地区の産土神としても崇敬され、「山王さま」の名で広く親しまれている。
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神社詳細
摂末社・境内社
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文化財
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建築
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神紋
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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