有名度
前頭静内神社
しずないじんじゃ
北海道日高郡新ひだか町静内御幸町5丁目7番28号
北海道日高郡新ひだか町静内御幸町5丁目7番28号

かんたんご利益
- 仕事
静内神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
豊漁 商売繁盛 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」 「えびす系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
静内神社は北海道日高郡新ひだか町に鎮座する神社。御祭神は神武天皇、事代主神の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
静内神社の起源は、現在の神社を構成する蛭子神社と神武天皇社の創祀にさかのぼる。
蛭子神社は寛政年間(1789~1801年)の創祀と伝えられる。慶応3年(1867年)に記された『志美茶理鎮守恵美須大神宮ノ縁起』には、土地の人々が海中から光を放つ神像を得て尊信し、漁猟満足を祈願したことが記されている。また、『静内新冠両郡戸長役場社寺明細帳』には、明治元年(1868年)、函館商人の佐野専左衛門が静内郡一円の漁場の豊漁を祈願して漁神を勧請したことが記録されている。明治9年(1876年)、蛭子神社は村社に列せられた。
神武天皇社は明治4年(1871年)、徳島藩洲本城代家老であった稲田邦植の旧主従が静内郡の開拓のため移住した際、神武天皇を奉斎して創祀した。明治9年(1876年)には郷社に列せられた。
大正8年(1919年)、蛭子神社と神武天皇社が合併し、静内神社と称するようになった。昭和21年(1946年)に宗教法人となり、昭和40年(1965年)には社殿が改築され、現在に至っている。
現在の社殿は流造で、例祭は毎年9月20日に斎行される。
社格は旧郷社。
静内神社の起源は、現在の神社を構成する蛭子神社と神武天皇社の創祀にさかのぼる。
蛭子神社は寛政年間(1789~1801年)の創祀と伝えられる。慶応3年(1867年)に記された『志美茶理鎮守恵美須大神宮ノ縁起』には、土地の人々が海中から光を放つ神像を得て尊信し、漁猟満足を祈願したことが記されている。また、『静内新冠両郡戸長役場社寺明細帳』には、明治元年(1868年)、函館商人の佐野専左衛門が静内郡一円の漁場の豊漁を祈願して漁神を勧請したことが記録されている。明治9年(1876年)、蛭子神社は村社に列せられた。
神武天皇社は明治4年(1871年)、徳島藩洲本城代家老であった稲田邦植の旧主従が静内郡の開拓のため移住した際、神武天皇を奉斎して創祀した。明治9年(1876年)には郷社に列せられた。
大正8年(1919年)、蛭子神社と神武天皇社が合併し、静内神社と称するようになった。昭和21年(1946年)に宗教法人となり、昭和40年(1965年)には社殿が改築され、現在に至っている。
現在の社殿は流造で、例祭は毎年9月20日に斎行される。
スポンサーリンク
神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
情報募集
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
https://hokkaidojinjacho.jp/
