有名度
十両沙留神社
さるるじんじゃ
北海道紋別郡興部町字沙留327番地
北海道紋別郡興部町字沙留327番地

かんたんご利益
- 仕事
沙留神社には
「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「伊勢・神明系」
です。他に 「宗像・厳島系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
沙留神社は北海道紋別郡興部町に鎮座する神社。御祭神は天照大神、市杵島姫命の2柱をまつる。
明治27年(1894年)頃、藤野又兵衛が沙留で漁場を経営した際、現在の沙留市街地にある丘へ杭碑を建て、天照大神を奉祀したことに始まる。明治33年(1900年)には現在地へ社殿を新築し、祭典を執行するようになった。
大正12年(1923年)4月、山口農場の炭焼小屋から発生した山火事の飛び火により社殿を全焼したため、仮殿を設けて祭祀を継続した。昭和10年(1935年)には町田成朔、清水利吉らが発起人となり、皇太子誕生記念事業として社殿を造営し、同年9月に竣工して鎮座祭を執り行った。
昭和17年(1942年)には、厳島神社の御分霊を受けるため、神職の藤原儀一と総代の町田成朔、清水利吉が広島県へ赴き、市杵島姫命を奉斎した。翌昭和18年(1943年)には境内へ稲荷神社を勧請して神殿を新築し、昭和21年(1946年)11月に公認神社となった。
社殿は神明造で、例祭日は9月13日である。
明治27年(1894年)頃、藤野又兵衛が沙留で漁場を経営した際、現在の沙留市街地にある丘へ杭碑を建て、天照大神を奉祀したことに始まる。明治33年(1900年)には現在地へ社殿を新築し、祭典を執行するようになった。
大正12年(1923年)4月、山口農場の炭焼小屋から発生した山火事の飛び火により社殿を全焼したため、仮殿を設けて祭祀を継続した。昭和10年(1935年)には町田成朔、清水利吉らが発起人となり、皇太子誕生記念事業として社殿を造営し、同年9月に竣工して鎮座祭を執り行った。
昭和17年(1942年)には、厳島神社の御分霊を受けるため、神職の藤原儀一と総代の町田成朔、清水利吉が広島県へ赴き、市杵島姫命を奉斎した。翌昭和18年(1943年)には境内へ稲荷神社を勧請して神殿を新築し、昭和21年(1946年)11月に公認神社となった。
社殿は神明造で、例祭日は9月13日である。
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
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