有名度
十両嚴島神社
いつくしまじんじゃ
北海道枝幸郡枝幸町新栄町536番地1
北海道枝幸郡枝幸町新栄町536番地1

かんたんご利益
- 仕事
- 金運
- 安全
嚴島神社には
「仕事系」「金運系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
海上安全 豊漁 財運向上
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「宗像・厳島系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
嚴島神社は北海道枝幸郡枝幸町に鎮座する神社。御祭神は市杵島姫命、聖徳太子、藤原三吉之命の3柱をまつる。
社格は旧村社。
文政2年(1819年)、枝幸地方の漁場請負人であった近江国愛知郡枝村の藤野四郎兵衛の支配人、吉井茂兵衛が藤野家で信仰していた厳島神社の御分霊を奉遷し、小社を建立した。文政12年には松前郡福山虎向町の三上伝吉が社堂を改築した。天保4年(1833年)には石造の明神鳥居が建立され、後に枝幸町指定有形文化財となった。明治27年(1894年)、有志の協議で社地を確定して星野十九七を社掌とし、翌明治28年には本殿を修理して社務所を建築し、村社に列せられた。大正12年に現在地へ社殿を新築し、同年7月3日に神饌幣帛料供進神社へ指定された。昭和15年の枝幸町大火で社殿を焼失したが、昭和17年に社殿を復興造営した。昭和46年には腐朽した社殿と社務所を建て替え、同年10月に完成した。昭和55年7月8日に三吉神社を合併した。町指定文化財として天保4年(1833年)の鳥居と文久2年(1862年)の絵馬を所蔵する。社殿は神明造で、例祭日は7月15日である。
社格は旧村社。
文政2年(1819年)、枝幸地方の漁場請負人であった近江国愛知郡枝村の藤野四郎兵衛の支配人、吉井茂兵衛が藤野家で信仰していた厳島神社の御分霊を奉遷し、小社を建立した。文政12年には松前郡福山虎向町の三上伝吉が社堂を改築した。天保4年(1833年)には石造の明神鳥居が建立され、後に枝幸町指定有形文化財となった。明治27年(1894年)、有志の協議で社地を確定して星野十九七を社掌とし、翌明治28年には本殿を修理して社務所を建築し、村社に列せられた。大正12年に現在地へ社殿を新築し、同年7月3日に神饌幣帛料供進神社へ指定された。昭和15年の枝幸町大火で社殿を焼失したが、昭和17年に社殿を復興造営した。昭和46年には腐朽した社殿と社務所を建て替え、同年10月に完成した。昭和55年7月8日に三吉神社を合併した。町指定文化財として天保4年(1833年)の鳥居と文久2年(1862年)の絵馬を所蔵する。社殿は神明造で、例祭日は7月15日である。
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
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