聖徳太子
しょうとくたいし
- 歴史的人物
- 男神・男性
祭神ランキング186位
- 皇族
飛鳥 [574年~622年]
聖徳太子とは?
聖徳太子(574-622)は飛鳥時代の皇族。第31代用明天皇の第2皇子で山背大兄王らの親。妻は刀自古郎女ほか。厩戸皇子、豊聡耳皇子、上宮王など多くの名があり、聖徳太子は死後の諡名。叔母であり、日本初の女性天皇となった推古天皇の治世において摂政を務めた。冠位十二階、十七条憲法を制定し中央集権的な国家体制の基礎を築いた。外交では遣隋使として小野妹子を派遣。隋との国交を開き先進文化を輸入した。留学生や学問僧が大陸で習得した新たな知識は、後の日本の文化や政治改革に大きく貢献することとなる。また聖徳太子は仏教に帰依しその振興につとめ、法隆寺、四天王寺など多くの寺院を建立している。622年に斑鳩宮において死去。後年、聖徳太子を崇敬する太子信仰が生まれ、聖徳太子の伝説的な逸話が数多くまとめられた。仏教を深く信仰する一方で敬神の詔を発するなど、日本伝統の神々を拝し敬っている。 聖徳太子は聖徳太子神社(福島県福島市ほか)で祭神としてまつられている。ご利益は商売繁盛、金運招福、業務安全。寺院建築への功績から建築関係の職人によって職能神として崇拝され、同業の職人たちが集まり飲食や会合を行う太子講も江戸時代には盛んに行われた。
ご神徳
別称・異称
厩戸皇子うまやどのみこ
日本書紀
豊聡耳尊とよとみみのみこと
日本書紀
上宮王かみつやのみこ
その他
豊聡耳法大王とよとみみののりのおおきみ
日本書紀
豊聡耳とよとみみ
日本書紀
上宮之厩戸豊聡耳命かみつやのうまやどのとよとみみのみこと
古事記
法主王のりのぬしのみこ
その他
祀られている主な神社
榮神社
(秋田県横手市大屋新町字小松原4)
鵲森宮
(大阪府中央区森ノ宮中央1-14-4)
比遅里神社
(北海道函館市桔梗町201番地)
野田神社
(青森県弘前市藤沢野田122)
太子神社
(秋田県秋田市手形字大沢1)



