御年神
みとしのかみ
- 神話・伝説
- 不明

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング92位
御年神とは?
御年神《みとしのかみ》は古事記などに登場する穀物と稔りの神である。大年神と香用比売の間に生まれ、大香山戸臣神の弟にあたる。スサノオの孫神でもある。なお、同じく年や穀物に関わる若年神は御年神の子ではなく、大年神と天知迦流美豆比売との間に生まれた神であり、御年神とは異母兄弟にあたる。
神名の「年《とし》」は、もともと稲をはじめとする穀物の稔りや収穫と関係する言葉だったとする説がある。穀物が実り収穫される周期が一年であることから、やがて時間としての「年」を表すようになったと考えられている。「御」は尊称であり、御年神は毎年の稔りをもたらす穀物神として信仰されてきた。
『古語拾遺』では御歳神と記され、農耕に関わる興味深い伝承が残されている。大地主神が田を作る日に農夫へ牛の肉を食べさせたところ、御歳神が怒り、田に蝗《いなご》を放ったため、稲の苗が枯れてしまった。
困った大地主神が占いによって御歳神の怒りであることを知ると、白猪、白馬、白鶏などを供えて御歳神を祀った。さらに御歳神から示された方法に従って祭祀を行うと害虫は退き、稲は再び実るようになったと伝えられている。この伝承からも、御年神が穀物の豊凶を左右する強い力を持った農耕神として信仰されていたことがうかがえる。
御年神は大年神や若年神と同じく、穀物の稔りや一年の農耕周期と深く関係する神である。そのため後世には、正月に各家庭へ迎えて一年の豊作や幸福をもたらす「年神」とも神格が重ねられてきた。ただし、民間信仰の年神は祖霊信仰などとも結びついて形成されたものであり、御年神だけを指すものではない。
正月に飾る鏡餅も、年神を迎えるための供物として伝えられてきた。年神に供えた餅を家族に分け与えたものを「御年魂《おとしだま》」などと呼び、これが現在の「お年玉」の由来の一つになったとされる。こうした正月の年神信仰にも、穀物の稔りと一年の幸福を願う信仰を見ることができる。
これらのことから、御年神のご利益は五穀豊穣、農業守護、農作物守護などとされる。
御年神を祀る代表的な神社には、葛木御歳神社(奈良県御所市)などがあり、このほか各地の御歳神社などで祀られている。
エピソード
『古事記』では、御年神は大年神と香用比売の間に生まれた神とされている。二柱の間には、はじめに大香山戸臣神が生まれ、次に御年神が生まれたと記される。
父の大年神は、スサノオと神大市比売の子である。大年神という名の「年」は、現代の暦年だけでなく、一年をかけて育つ稲や穀物、その収穫を意味すると考えられている。その子である御年神も、毎年の稔りをもたらす穀物神として位置づけられた。
『古事記』には大年神から生まれた多くの神々の系譜が記されている。そこには竈、屋敷、土地、農耕に関係する神が多く、古代の人々が日々の暮らしを支える場所や働きを、それぞれ神として捉えていたことがうかがえる。御年神はその系譜の中で、人間が生きるために欠かせない毎年の収穫を司る神なのである。
御年神と大年神は名前も神格も近いため、後世には同一の年神として扱われることがある。しかし、『古事記』の系譜上では親子として区別されている。
出典・参考:『古事記』、國學院大學 古典文化学事業「御年神」「大年神」
御年神の「御《み》」は尊称であり、「年《とし》」は一年という時間だけでなく、その一年に実る穀物や収穫を意味する言葉と考えられている。御年神とは、毎年の稔りを尊んで神格化した神名なのである。
稲は春に種をまき、夏に育て、秋に収穫する。こうした農耕の一巡は、古代の人々にとって一年を認識する重要な基準であった。穀物が無事に実ることは、一年間の暮らしと翌年の命を支えることであり、単なる農作業の成果ではなく神の恵みと受け止められた。
このため、年を司る神は暦だけを管理する神ではない。春には豊作を願って迎えられ、秋には収穫への感謝を受ける、農耕周期そのものを司る神である。御年神に対する信仰には、毎年同じ季節に作物が育ち、人々が食物を得られることへの祈りが込められている。
後世には大年神や正月の年神と神格が重なったが、その根底にあるのは、新しい一年の到来とともに新たな稔りの力を迎えるという農耕信仰である。
出典・参考:『古事記』、柳田國男『年中行事覚書』、國學院大學 古典文化学事業「御年神」
『古語拾遺』には、御年神の怒りによって田の作物が損なわれたという伝承がある。大地主神が田を耕した際、田人に牛の肉を食べさせた。そこへ御年神の子が訪れ、その食事に唾を吐いて帰り、起きたことを父神に告げた。
御年神は怒り、田に蝗《いなむし》を放った。蝗は稲の苗や葉を食い荒らし、田は収穫を望めない状態になった。困った大地主神が占いによって原因を尋ねると、御年神の祟りであり、白い猪、白い馬、白い鶏を供えて怒りを鎮めるよう告げられた。
大地主神が教えられたとおりに供物を捧げ、麻や草などを用いた儀礼を行うと、御年神の怒りは解けた。稲は再び茂り、その年は豊かな収穫を得られたという。『古語拾遺』は、この出来事を神祇官の斎院で御年神を祀るようになった由来としている。
この伝承では、御年神は豊作を一方的に与えるだけの穏やかな神ではない。祭祀を怠れば作物を損なう力を持ち、正しく祀れば稲をよみがえらせる神として描かれている。古代の農耕において、害虫の発生や不作もまた、稔りを支配する神の働きとして理解されたのである。
出典・参考:斎部広成『古語拾遺』
奈良県御所市の葛木御歳神社《かつらぎみとしじんじゃ》では、御年神を主祭神として祀っている。神社が鎮座する葛城地域は古くから農耕が営まれた土地であり、毎年の収穫を司る御年神への信仰が育まれた。
平安時代にまとめられた『延喜式』神名帳には、「葛木御歳神社」の名で記載されている。朝廷から特に霊験の著しい神として扱われた名神大社であり、月次祭《つきなみのまつり》と新嘗祭《にいなめのまつり》には幣帛を受ける神社とされた。
新嘗祭は、その年に収穫された新穀を神々へ捧げ、稔りに感謝する祭りである。御年神を祀る神社が新嘗祭の奉幣対象とされたことは、御年神が国家の農耕祭祀においても重要な存在だったことを示している。
『古語拾遺』に記された害虫を鎮める伝承と、『延喜式』に見える朝廷の祭祀を合わせると、御年神は豊作を願うだけの神ではなく、作物の生育から害虫の防除、収穫への感謝まで、一年の農耕全体を見守る神として祀られてきたことが分かる。
出典・参考:『延喜式』神名帳、『延喜式』四時祭、斎部広成『古語拾遺』
出典文献
古事記
先代旧事本紀
神格
ご神徳
別称・異称
みとしのかみ
古事記/先代旧事本紀
御歳神みとしのかみ
延喜式
御年主神みとしぬしのかみ
その他
御歳皇神みとしのすめがみ
その他
祀られている主な神社
大和神社
(奈良県天理市新泉町306)
向日神社
(京都府向日市向日町北山65)
葛木御歳神社
(奈良県御所市東持田269)
飛騨総社
(岐阜県高山市神田町2丁目114番地)
有玉神社
(静岡県中央区有玉南町1916-1)
