ナカツワタツミ
なかつわたつみ
- 神話・伝説
- 不明

祭神ランキング137位
ナカツワタツミとは?
ナカツワタツミは記紀神話などに登場する海の神である。中津綿津見神、中津少童命などと表記される。黄泉国から戻ったイザナギが、身の穢れを祓うために禊を行った際に生まれた綿津見三神の一柱である。ソコツワタツミに続いて水の中ほどですすいだ時に生まれ、ウワツワタツミが後に続いた。同じ禊では、底筒男命、中筒男命、表筒男命からなる住吉三神も生まれている。
三柱の綿津見神は阿曇連が祖神として奉斎した神であり、『古事記』では阿曇連を綿津見神の子である宇都志日金拆命の子孫としている。『先代旧事本紀』では、綿津見三神を阿曇連らが祀る筑紫の斯香神《しかのかみ》としている。神名の「ワタ」は海、「ツ」は連体助詞、「ミ」は神霊を表し、ワタツミは海を司る神霊を意味すると考えられている。
ナカツワタツミは海の中ほどから生まれた海神として、ソコツワタツミ、ウワツワタツミとともに海人集団を中心に信仰されてきた。海上安全、航海安全、漁業守護などの神徳で崇敬され、福岡県福岡市の志賀海神社、福岡県大川市の風浪宮などで祀られている。
エピソード
黄泉国から戻ったイザナギは、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原《あわぎはら》で禊《みそぎ》を行った。『古事記』では、水の底で身をすすいだ際にソコツワタツミが生まれ、続いて水の中ほどですすいだ際にナカツワタツミ、水の上ですすいだ際にウワツワタツミが生まれたと記される。三柱は海の深さに応じて生まれた綿津見の神々であり、ナカツワタツミはその中央に位置する海神である。
ナカツワタツミと同じ場面で生まれたのが中筒男命である。海底では底津綿津見神と底筒之男命、潮の中では中津綿津見神と中筒之男命、潮の上では上津綿津見神と上筒之男命がそれぞれ続けて誕生する。この対応は『日本書紀』神代上の一書第六にも見られるが、同書ではナカツワタツミを中津少童命と表記する。綿津見三神と筒男三神は同じ禊から生まれた二組の海神である一方、前者は阿曇連が奉斎する神、後者は住吉大神として記されており、記紀上では同じ神とはされていない。ナカツワタツミは、禊による清めと海の中層という二つの性格を備えた神なのである。
出典・参考:『古事記』上巻、『日本書紀』神代上第五段一書第六、國學院大學古典文化学事業「中津綿津見神」
『古事記』は、ナカツワタツミを含む三柱の綿津見神について、阿曇連《あづみのむらじ》らが祖神として奉斎する神であると記している。さらに阿曇連は、綿津見神の子である宇都志日金拆命の子孫だと説明する。ここでは三柱を単に海を支配する神として語るだけでなく、海上活動を担った有力氏族の祭祀と結びつけている点が重要である。『日本書紀』神代上の一書第六も、底津少童命、中津少童命、表津少童命を阿曇連らが祭る神としている。
阿曇氏との関係を現在に伝える代表的な神社が、筑前国《ちくぜんのくに、現在の福岡県》の志賀島に鎮座する志賀海神社である。同社では底津綿津見神、仲津綿津見神、表津綿津見神を祭神とし、ナカツワタツミは仲津綿津見神と表記される。志賀島周辺は海人を統率した阿曇氏の拠点とされ、玄界灘に面する海上交通の要衝でもあった。ナカツワタツミへの信仰は、神話の中の海の中ほどを守る神という性格にとどまらず、航海や漁業に携わる人々が海上の安全を祈る信仰として受け継がれてきたのである。
出典・参考:『古事記』上巻、『日本書紀』神代上第五段一書第六、國學院大學古典文化学事業「中津綿津見神」「志賀海神社」、福岡市文化財情報検索「志賀海神社」
出典文献
古事記
日本書紀
先代旧事本紀
神格
ご神徳
別称・異称
なかつわかつみのかみ
古事記
中津少童命なかつわたつみのみこと
日本書紀/先代旧事本紀
中津小童命なかつわたつみのみこと
その他
中綿津美神なかつわたつみのかみ
その他
同一とされる神様
神様グループ
祀られている主な神社
海神社
(兵庫県垂水区宮本町5−1)
志賀海神社
(福岡県東区大字志賀島877)
龍宮神社
(北海道小樽市稲穂3丁目22番11号)
赤尾渋垂郡辺神社
(静岡県袋井市高尾193)
龍神宮
(和歌山県田辺市上秋津龍神山)
