国宝の御社殿・ご利益 | 霧島神宮 - 神社ファン

有名度

大関

霧島神宮

きりしまじんぐう

鹿児島県霧島市霧島町田口2608-5

国宝の御社殿・ご利益

更新日:2025年5月24日

国宝登録の本殿

霧島神宮の御社殿は、元々天孫降臨神話が残る高千穂峰の山頂やふもとに建てられていましたが、噴火によって焼失したため、藩主・島津忠昌に命じられた僧侶・兼慶によって、文明16(1484)年に高千穂峰を望む現在地に移されました。
現在の本殿は、初代の本殿が火事で焼失してしまったため、江戸時代の正徳5(1715)年に薩摩藩主である島津吉貴の寄進により作られた建造物です。
霧島山中腹の立地、高低差を生かした造りで、賽銭箱が設置された手前の勅使殿から登廊下、その奥に拝殿と幣殿、そして一番高い場所に鎮座する本殿へと続いています。本殿は霧島山中腹の高低差を利用した造りや、正面5間・奥行き4間の入母屋造りの銅板葺きが特徴で、令和4(2022)年に鹿児島県で建築としては初の国宝に指定されています。
国宝の社殿

本殿の龍柱

丸彫彫刻や絵画などの装飾を細部にまで取り入れ極彩色に輝く本殿。煌びやかな本殿の見どころのひとつが、2本の「龍柱」です。
龍柱とは、高さ4mほどの正面の柱に巻き付いて昇るような龍が彫刻された向拝柱のこと。鮮やかな色使いの龍柱は琉球や中国から伝わったもので、東アジアとのつながりを表しています。
龍柱は、霧島市の鹿児島神宮や指宿市の枚聞神社をはじめ鹿児島県や宮崎県の神社でも多く見られますが、霧島神宮の龍柱は南九州最古であり、最大級と讃えられるほど大規模な柱なのです。

拝殿と幣殿

拝殿と幣殿も江戸時代の正徳5(1715)年に本殿と一緒に誕生した複合社殿で、拝殿と本殿は本来別々の社殿として建てられるのが一般的なところ、幣殿で繋がっているのが大きな特徴です。
国宝の本殿とともに拝殿と幣殿も令和4(2022)年に国宝に指定されていて、梁や柱など社殿の随所に朱色の漆が塗られています。拝礼や祭祀を行うための拝殿や拝殿と本殿を結ぶ役目の幣殿も本殿の一角をなす重要な社殿です。
拝殿663highland(Wikipedia CC 表示 2.5)

勅使殿と拝殿を繋ぐ登廊下

登廊下と勅使殿ともに本殿とつながった社殿で、朱塗りと白壁が印象深い荘厳な建物。登廊下は勅使殿と拝殿を結ぶ階段状の廊下で、霧島山の傾斜を利用して建てられている霧島神宮の社殿らしい建物のひとつです。
本殿などともに正徳5(1715)年に建てられた登廊下と勅使殿は、国の重要文化財に登録。勅使殿の前には2棟並ぶ門守神社が、登廊下には渡り廊下で結ばれた神饌所があり、門守神社や神饌所もそれぞれ附指定されています。
登廊下663highland(Wikipedia CC 表示 2.5)

極彩色の彫刻が必見の勅使殿

「勅使殿」には賽銭箱が設置されていて、参拝客がお参りする社です。大きな唐破風が印象的な建物になっていて、木鼻には鮮やかな獅子と白象の彫刻が施されています。
勅使殿
向かって右側の獅子は口を開けた状態、左側の獅子は口を閉じた状態と阿吽の一対になっているのが特徴です。
社殿の至る所に色彩豊かな彫刻が彫られていますので、参拝後にじっくりと眺めてみてはいかがでしょうか。
勅使殿の彫刻

ご利益

霧島神宮の主祭神は天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊(あめにぎしくににぎしあまつひたかひこほのににぎのみこと)、相殿神に木花咲耶姫尊(このはなさくやひめのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、豊玉姫尊(とよたまひめ のみこと)、鸕鷀草葺不合尊(うがやふき あえずのみこと)、玉依姫尊(たまよりひめのみこと)、神倭磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)です。相殿は主祭神の妻や子供、孫、子供の妻、孫の妻が祀られており、祀られている御祭神の関係から「子孫繁栄」「家庭円満」のご利益が有名です。

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