有名度
大関霧島神宮
きりしまじんぐう
鹿児島県霧島市霧島町田口2608-5
国宝の御社殿・御祭神・ご利益
更新日:2026年8月1日
鹿児島県初の国宝に指定された壮麗な御社殿
霧島神宮の御社殿は、もともと天孫降臨神話が伝わる高千穂峰の山頂や麓に建てられていましたが、噴火による焼失を繰り返したため、文明16(1484)年に藩主・島津忠昌の命を受けた僧・兼慶によって、高千穂峰を望む現在地へ移されました。現在の本殿は、初代の本殿が火災で焼失した後、江戸時代の正徳5(1715)年に薩摩藩主・島津吉貴の寄進によって再建された建造物です。霧島山中腹の地形を巧みに生かし、賽銭箱が設けられた勅使殿から登廊下、拝殿、幣殿、そして一段高い場所に本殿が鎮座する独特の社殿配置となっています。

南九州最古・最大級と伝わる本殿の龍柱
極彩色の丸彫彫刻や絵画などで彩られた本殿の中でも、特に目を引くのが2本の「龍柱」です。龍柱とは、高さ約4mの向拝柱に龍が巻き付くように彫刻された柱のことで、琉球や中国から伝わった建築様式の影響を受けています。鮮やかな彩色と立体的な彫刻は迫力があり、正面から社殿を眺めるとひときわ存在感を放っています。
龍柱は、霧島市の鹿児島神宮や指宿市の枚聞神社をはじめ、鹿児島県や宮崎県の神社でも見られますが、霧島神宮のものは南九州最古であり、最大級と伝えられています。左右で表情や姿勢の違いにも注目しながら鑑賞すると、江戸時代の優れた彫刻技術をより身近に感じられます。

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本殿と一体となった拝殿・幣殿
拝殿と幣殿も、本殿と同じ正徳5(1715)年に建立された複合社殿です。一般的な神社では本殿と拝殿は別々に建てられることが多いものの、霧島神宮では両者が幣殿でつながっているのが大きな特徴です。幣殿は神職が祭儀を執り行う重要な空間で、本殿と拝殿を結ぶ役割も担っています。
本殿とともに拝殿・幣殿も令和4(2022)年に国宝に指定され、梁や柱には鮮やかな朱漆が施されています。拝殿から本殿へと続く一直線の社殿配置は、霧島山の高低差を巧みに生かした霧島神宮ならではの建築美を感じられる見どころです。
663highland(Wikipedia CC 表示 2.5)勅使殿と拝殿を結ぶ登廊下
登廊下と勅使殿も、本殿と同じ正徳5(1715)年に建てられた建物です。勅使殿は参拝者が拝礼する場所で、賽銭箱もこちらに設けられています。一方、登廊下は勅使殿と拝殿を結ぶ階段状の廊下で、霧島山の傾斜を利用して造られた霧島神宮ならではの建築です。
登廊下と勅使殿は国の重要文化財に指定されており、勅使殿前に並ぶ2棟の門守神社や、登廊下と渡り廊下で結ばれた神饌所も附指定となっています。社殿全体を見渡すと、建物同士が一体となって構成されていることがよく分かります。
663highland(Wikipedia CC 表示 2.5)スポンサーリンク
極彩色の彫刻が彩る勅使殿
大きな唐破風が印象的な勅使殿には、木鼻に鮮やかな獅子と白象の彫刻が施されています。

御祭神・ご利益
霧島神宮の主祭神は、天孫降臨神話で知られる天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊(あめにぎしくににぎしあまつひたかひこほのににぎのみこと)です。相殿には木花咲耶姫尊、彦火火出見尊、豊玉姫尊、鸕鷀草葺不合尊、玉依姫尊、神倭磐余彦尊がまつられています。主祭神の妻や子、孫へと続く皇祖神が一緒にまつられていることから、子孫繁栄や家庭円満のご利益で広く信仰されています。また、家内安全や開運招福、縁結びなどを願う参拝者も多く、人生の節目となる初宮参りや七五三、結婚式などでも親しまれている神社です。
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