有名度
大関霧島神宮
きりしまじんぐう
鹿児島県霧島市霧島町田口2608-5
元宮・古宮跡
更新日:2025年5月24日
霧島神宮はじまりの地を表す元宮
霧島神宮の社殿が現在の場所に作られたのは、室町時代の文明16(1484年)年のこと。霧島山の大噴火によって社殿は焼失してしまいましたが、以前は霧島連峰の高千穂峰と火常峰の間にある「脊門丘(せとお)」や高千穂峰のふもとにある高千穂河原の「瀬多尾越」にも社殿が建てられていたと伝わっています。そのひとつが、高千穂峰山頂のふもと、脊門丘にある「元宮」です。6世紀頃の欽明天皇の時代に、慶胤(けいいん)上人によって創建された場所で、霧島神宮はじまりの地でもあります。
霧島神宮元宮の焼失後に再建された古宮跡地
もうひとつが、現在の社殿から車で15分ほど走った高千穂河原にある「古宮址(こぐうし)」で、かつて瀬多尾越に社殿があったことを示す史跡。元宮が噴火で焼失した後の天暦年間(947~957)に性空上人よって再建され、1235年の噴火が起こるまで社殿が鎮座していました。
シンプルな神明鳥居や神を迎えるための依代などがあり、毎年11月10日に行われる「天孫降臨御神火祭」の舞台にもなります。
霧島神宮霧島の地に残る神々しい天孫降臨神話
時代に編さんされた日本最古の歴史書・日本書紀や古事記に登場する天孫降臨神話が伝わる霧島。天孫降臨神話とは、天照大神(アマテラスオオミカミ)の命を受けた天孫の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が、7人の神様と道案内の猿田彦命ともに、高天原から地上に降り立ったという伝説のこと。
霧島連峰の一つである高千穂峰の山頂には、「天の逆鉾」が突き立てられています。この鉾は神話で神々が天上界から落としたとされる「鉾」であり、神話を象徴するものなのです。
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