紫尾神社 鹿児島県出水市高尾野町唐笠木 - 神社ファン

有名度

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紫尾神社

しびじんじゃ

鹿児島県出水市高尾野町唐笠木777

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鹿児島県出水市高尾野町唐笠木777

鳥居と拝殿

Ud3104(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

紫尾神社以外にも 湯谷権現 紫尾権現 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
紫尾神社には

「健康系」「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

想

鉱山業守護 病気平癒

御祭神

天津彦火瓊瓊杵尊 あまつひこほのににぎのみこと
天津彦火火出見尊 あまつひこひこほほでみのみこと
鵜茅葺不合尊 うがやふきあえずのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「紫尾系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

紫尾神社は鹿児島県出水市に鎮座する神社。御祭神は天津彦火瓊瓊杵尊、天津彦火火出見尊、鵜茅葺不合尊の3柱をまつる。
社格は国史見在社であり、旧県社。
創建年代は明らかではない。伝承では、空覚上人が紀州熊野本宮と同じ神を紫尾山頂に勧請したことに始まる。紫尾山頂には上宮が置かれ、のちに山麓へ神が祀られた。『地理纂考』には、紫尾山頂の上宮は風による社殿の破損が多く、祭祀にも不便であったため山下へ遷座し、高尾野郷に本社が置かれたことが記されている。旧地には小社が残され、上宮と呼ばれた。
現在地への分祀は一説に寛永12年(1635)頃とされ、麓集落の成立後、郷民によって里宮が設けられたと伝わる。薩摩郡側にも紫尾神社があり、紫尾山を挟んで複数の紫尾権現が祀られた。高尾野の紫尾神社には明暦3年(1657)2月と延宝6年(1678)の棟札が伝わっている。
江戸時代には鎮守神権現と称され、高尾野郷の総社として祀られた。地頭から神具類が奉納され、別当寺には真言宗福昌院が置かれた。福昌院は天和年間(1681~1684)の開基とされ、紫尾山では山岳信仰や熊野信仰、修験道と結びついた神仏習合の祭祀が行われた。明治2年(1869)の廃仏毀釈では宝物が破壊・焼失し、当時の御神体は境内の竹山に一時埋められた。その後、高城喜蔵が夜間に掘り出して同郷本城へ移し、現在は同地の公民館に祀られている。紫尾神社では神鏡を御神体とし、明治4年(1871)5月に県社に列せられた。
明治40年(1907)5月には社殿の改築が竣工し、大正11年(1922)7月には屋根の葺き替えが行われた。昭和51年(1976)には氏子の浄財によって拝殿が改築され、昭和60年(1985)には遷座創建350年記念事業として境内と神苑が整備された。
境内には本殿、拝殿のほか2社の摂末社があり、前宮司の肝付家が奉納した刀剣1振が社宝として伝わる。例祭は11月2日に斎行され、春分の日には種播神事、秋分の日には奉賽祭が行われる。
祭礼では兵六踊と田の神舞が奉納される。兵六踊は大石兵六と狐をめぐる物語などを方言を交えて演じる郷土芸能である。田の神舞は春分の日に豊作を祈願して奉納され、秋には願解きとして奉納される。兵六踊と田の神舞はいずれも鹿児島県の無形民俗文化財に指定されている。
  • 県社
  • 国史見在社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%AB%E5%B0%BE%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%87%BA%E6%B0%B4%E5%B8%82)
鹿児島県神社庁
https://www.kagojinjacho.or.jp/