吾平山陵 | 鵜戸神宮 - 神社ファン

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鵜戸神宮

うどじんぐう

宮崎県日南市大字宮浦3232番

吾平山陵

更新日:2025年7月10日

ご祭神の陵墓と伝わる「吾平山陵」

鵜戸神宮境内の速日峯(はやひのみね)山上には、前方後円墳が存在します。
この古墳は「吾平山陵」と呼ばれており、ご祭神である日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊の陵墓と伝わる場所です。
1896年(明治29年)には鵜戸陵墓参考地とされました。陵墓参考地とは、被葬者は不明ですが、陵墓である可能性が高いお墓のことです。現在この地は宮内庁が所管しております。
吾平山上陵への参道そらみみ (wikipedia CC 表示-継承 4.0)
吾平山陵へは、鵜戸稲荷神社の隣にある石段から向かいます。片道約30分、距離にして375メートルの道のりになります。
途中までは波切神社へ向かうルートと同じです。段差の大きい、でこぼこした石段が続きます。途中からは勾配のきつい山道となるので、歩きやすい靴で行かれることをおすすめします。また雨の日などは足元が滑りやすくなっているため、十分注意してお進みください。
頂上に到着すると石柵と鉄扉に囲まれた御陵を確認することが出来ます。域内は立ち入ることはできません。また魚や鳥、竹、木などの採取も禁止されています。敬虔な気持ちでお参りください。

正式に治定された「吾平山上陵」

鹿児島県鹿屋市吾平町にも、日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊の陵墓と伝わる「吾平山上陵」が存在します。こちらは1874年(明治7年)に宮内省によって吾平山上陵に治定されました。鵜戸神宮から車で2時間ほど離れた場所になります。
吾平山上陵 拝所Saigen Jiro (wikipedia CC0)
この御陵は「鵜戸の窟」とも呼ばれています。全国でも珍しい岩屋の陵で、内部には2つの円形の塚があるとされています。大きい方の塚は高さ約1.3メートル、周囲約5メートル、日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊の御陵です。小さい方は高さ約0.9メートル、周囲約3メートル、妃の玉依姫の陵墓です。どちらの塚も底が岩盤で覆われています。

日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊の埋葬地について

日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊の埋葬地については諸説あります。日本書紀では「西の州の宮で崩御し、日向の吾平山上陵に葬る」と記載されているのみです。1874年(明治7年)、宮内省は鹿児島県吾平町に御陵を定めました。しかし、日南市の鵜戸山をはじめ、高千穂や佐土原町、西都市など多くの土地に埋葬伝説が残されており、反論が起こったと言われています。
結果として、鵜戸神宮の背後に位置する速日峯(はやひのみね)山頂が、鵜戸陵墓参考地に定められました。

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