竜宮城のような楼門 | 鵜戸神宮 - 神社ファン

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大関

鵜戸神宮

うどじんぐう

宮崎県日南市大字宮浦3232番

竜宮城のような楼門

更新日:2025年7月10日

竜宮城を彷彿とさせる楼門

神門をくぐり参道をしばらく進むと、朱塗りの楼門が現れます。青い海や空、緑豊かな木々との対比が美しく、特に朝日や夕日に照らされた姿は竜宮城のようだと評判の門です。
1975年(昭和50年)に建立された鉄筋コンクリート製の建築物で、屋根は銅板で葺かれています。高さは約11メートル、長さは縦5メートル、横10メートルであり、面積は1階15坪、2階15坪の合計30坪です。神門と同じく、扉には菊の御紋が取り付けられています。2階には左に櫛磐窓神、右に豊磐窓神をお祀りする門守社が鎮座し、門を守護しています。
楼門 斜め
この楼門は、かつて八丁坂参道を下りた所にあったとされる仁王楼門を復元したものです。昭和天皇の御即位50年記念事業として着手されました。
元の仁王楼門は、地元の米良山から採れた上質な槇(まき)材を使って建てられていました。しかし、複雑な岩盤と急な傾斜という厳しい地形条件のため、1825年(文政8年)に起きた風水害による山崩れに耐えきれず、海中に崩れ落ちてしまったと伝えられています。また、仁王楼門の本尊は、かの有名な彫刻師「運慶」の作である金胎力士でした。
楼門

紙開発灯籠

楼門の前には、紙開発石灯籠と呼ばれる一対の灯籠が設置されています。こちらもぜひご注目ください。1832年に事業の成功を祈念し奉納されたもので、1970年には市の指定文化財に指定されました。
紙開発灯籠
1800年、飫肥藩(おびはん)は新たな産業開発策として楮栽培と紙の製造を計画し、大坂の両替商である油屋善兵衛から資金提供を受けることに成功します。藩内で生産された和紙は大阪で善兵衛によって販売され、事業は急速に拡大していきました。大坂には御蔵元が設けられ、そこに常駐する藩役人が事業の管理にあたりました。1832年には、この事業の成功を祈念して、善兵衛が紙開発石灯籠を奉納したと伝わります。灯籠には油屋一族だけでなく、事業に携わった飫肥藩の役人達の名前も刻まれています。
紙開発灯籠に刻まれた油屋一族と役人達の名前

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