高橋稲荷神社 - 神社ファン

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高橋稲荷神社

たかはしいなりじんじゃ

熊本県熊本市西区上代9丁目6−20

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熊本県熊本市西区上代9丁目6−20

拝殿

MK Products(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
  • 家庭
高橋稲荷神社には

「仕事系」「安全系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

商売繁盛 家内安全 五穀豊穣 交通安全 漁業繁栄

御祭神

宇迦之御魂大神 うかのみたまのおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

「稲荷系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

高橋稲荷神社は熊本県熊本市西区に鎮座する神社。御祭神は宇迦之御魂大神の1柱をまつる。
社格は別表神社。
高橋稲荷神社の創建は、室町時代の明応5年(1496年)にさかのぼる。当時、隈本城主の鹿子木親員が稲荷山山頂に支城となる上代城を築き、城内鎮護のため京都の伏見稲荷から稲荷大明神を勧請した。上代城は現在の熊本市西区上代に築かれた中世の城で、東西約80m、南北約100mの規模を持つ隈本城の出城であった。
天文10年(1541年)に上代城が落城すると、高橋稲荷神社の社殿も兵火によって焼失した。その後は長く社殿を失った状態が続いた。
江戸時代の寛文元年(1661年)、熊本藩主細川氏の菩提寺であった海蔵寺の首座・義本が、稲荷神社再興の啓示を夢で受けて社殿建立を発願した。同年11月8日、稲荷山中腹の現在地に社殿が建立され、稲荷大神が遷座した。
再興後は熊本藩主細川氏の崇敬を受けた。明治維新後に高橋稲荷神社と改称し、戦後は神社本庁に属した。昭和41年(1966年)7月1日には別表神社に加列された。
境内は稲荷山の斜面に広がり、朱塗りの鳥居や社殿が建ち並ぶ。本殿は三間社流造で、山上には奥宮などが祀られている。
毎年2月の初午には初午大祭が行われる。祭りでは商売繁盛などを願う参拝者が福かきや破魔矢などを求め、祈祷殿から紅白の餅をまく福餅まきも行われ、多くの参拝者でにぎわう。
  • 別表神社
  • 日本四大稲荷
  • 日本五大稲荷
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

奥の宮総社 三吉社
祭神不明
奥の宮 源策社
源策大明神
奥の宮 玉釼社
玉釼大明神
奥の宮 元吉社
元吉大明神
奥の宮 峯吉社
峯吉大明神
境内社 聖徳太子堂
聖徳太子

例祭

例祭 11月8日

文化財

情報募集

建築

本殿 神明造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.kumamiru.com/shop/spindex.html?dum=134741771&Uid=da7d8ce69f68b2bd19fe3775f0b613aa&pcot=1
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A9%8B%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE