小一領神社 - 神社ファン

有名度

前頭

小一領神社

こいちりょうじんじゃ

熊本県上益城郡山都町浜町251

熊本県上益城郡山都町浜町251

かんたんご利益

  • 恋愛
小一領神社には

「恋愛系(有名)」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

縁結び

御祭神

健磐龍命 たけいわたつのみこと
阿蘇都媛命 あそつひめのみこと
國造速甕玉命 くにのみやつこはやみかたものみこと

神社系統

この神社の主な系統は

阿蘇系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

小一領神社は熊本県上益城郡山都町に鎮座する神社。御祭神は健磐龍命、阿蘇都媛命、國造速甕玉命の3柱をまつる。
小一領神社の創建は、寛仁2年(1018)に阿蘇友仲が阿蘇神社の末社として「柳本大明神」を創建したことに始まると伝えられる。当時、神社のそばに大きな柳の木があったことから、この社名が付けられたという。
天文5年(1536)11月10日、阿蘇大宮司の阿蘇惟豊は、嫡男である千寿丸(後の阿蘇惟将)が17歳で初陣を迎えるにあたり、御船城主・御船房行との戦いへ総大将として出陣させた。千寿丸は出陣に先立ち柳本大明神に戦勝を祈願し、小型の鎧一領を奉納して境内で出陣式を執り行った。
その際、庄屋の井手清右衛門尉豊宣は酒肴を用意し、初陣祝いとして赤飯の握飯を献上した。また、千寿丸の介添え役を務めた甲斐親直(後の甲斐宗運)は、軍勢の前で扇を開き、歌を唱えて出陣を見送ったと伝えられている。
その後、甲斐親直は御船房行を討ち取り、軍勢は勝利を収めて帰還した。阿蘇惟豊はこれを受けて社殿を造営し、八十町の社領を寄進した。また、千寿丸が奉納した鎧一領にちなみ、社号を「小一領大明神」と改めたと伝えられる。
天正13年(1585)には阿蘇家が島津氏の侵攻を受けた。続く豊臣秀吉の九州征伐によって島津氏は退いたが、阿蘇家の旧領は回復しなかった。天正16年(1588)には小西行長が肥後半国の領主となり、結城弥平次が矢部城代を務めた。この頃、小一領神社は周辺の神社仏閣とともに焼失したと伝えられている。
慶長5年(1600)に加藤清正が肥後の領主となり、慶長18年(1613)には井手玄畜充政次が初代矢部郷大庄屋に任じられた。その後、元和7年(1621)に小一領神社は現在地へ再建され、今日まで地域の信仰を集めている。
現在の小一領神社は、「恋一路神社」の愛称でも親しまれている。本殿には複数のハート形の意匠が施されており、「小一領」の読みが「恋一路」と重ねられることから、縁結びを願う参拝者も多く訪れる。
年間を通じてさまざまな祭礼が行われており、1月1日の歳旦祭、2月17日の祈年祭、9月第1土曜日・日曜日の八朔祭、10月9日の秋季例大祭、11月10日の霜月祭、11月23日の新嘗祭などが執り行われる。なかでも11月10日の霜月祭は「赤飯握飯祭」とも呼ばれ、千寿丸の初陣の際に献上された赤飯の握飯にちなむ祭事として伝えられている。
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

境内社 七畝稲荷社
正一位稲荷大明神
境内社 生目神社
祭神不明

例祭

歳旦祭 1月1日
元始祭 1月3日
紀元節祭 2月11日
祈年祭 2月17日
宮籠り祭 6月
厄入れ・厄ばれ・長寿祈願 6月
八朔祭 9月第1土・日曜日
豊作祈願祭 9月第1土曜日
秋季例大祭 10月9日
霜月祭(赤飯握飯祭) 11月10日
七五三 11月15日
新嘗祭 11月23日
天長祭 12月23日

文化財

八朔祭
山都町 無形民俗文化財
文化財種別不明 平成17年指定

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
https://www.koiitiro.or.jp/
山都町
https://www.town.kumamoto-yamato.lg.jp/list00422.html