有名度
前頭淀姫神社
よどひめじんじゃ
長崎県松浦市志佐町浦免632
長崎県松浦市志佐町浦免632

かんたんご利益
- 仕事
- 学業
淀姫神社には
「仕事系」「学業・技芸系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
天文暦学 五穀豊穣 雨乞い
御祭神
淀姫命 よどひめのみこと
十二代景行天皇 じゅうにだいけいこうてんのう
豊玉姫命 とよたまひめのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「淀姫系」
です。他に 「不明(2柱)」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
長崎県松浦市に鎮座する神社。御祭神は淀姫命、十二代景行天皇、豊玉姫命の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
淀姫神社の創建は、欽明天皇24年(563)旧9月26日に鎮魂鎮座式が行われたことに始まると伝えられている。
社伝によれば、景行天皇が九州を巡幸した際、景行18年5月に志佐の大浜車瀬へ船を着け、この地に行宮を設けて滞在した。その後、行宮跡に景行天皇を祀る社が創建されたと伝えられている。
また、神功皇后が新羅へ出兵するにあたり、妹の淀姫命が松浦へ遣わされ、兵船の準備にあたったとされる。淀姫命は松浦地方の族長と伝わる磯良を伴って志佐の膳崎に上陸し、この地を拠点とした。滞在中には、御厨の住民が淀姫命に蘇鉄の団子を献じたという伝承が残されており、現在も秋の例祭で団子を供える神事が受け継がれている。
淀姫命は松浦から出陣する際、沙迦羅龍王から潮満玉と潮干玉を借り受け、375人を率いて神功皇后とともに新羅へ向かったと伝えられる。帰朝後は志佐の地に関わり、病人平癒や雨乞いを行ったとされる。
淀姫神社の秋季例祭は「志佐宮日」と呼ばれ、毎年10月26日・27日に執り行われる。例大祭では平戸神楽の奉納や御神幸式が行われるほか、神社前の馬場では流鏑馬神事が催される。烏帽子と狩衣を身に着けた射手が馬上から3か所の的木に鏑矢を放つ伝統行事であり、この流鏑馬神事は2009年(平成21年)9月30日に松浦市指定無形民俗文化財に指定されている。
社格は旧郷社。
淀姫神社の創建は、欽明天皇24年(563)旧9月26日に鎮魂鎮座式が行われたことに始まると伝えられている。
社伝によれば、景行天皇が九州を巡幸した際、景行18年5月に志佐の大浜車瀬へ船を着け、この地に行宮を設けて滞在した。その後、行宮跡に景行天皇を祀る社が創建されたと伝えられている。
また、神功皇后が新羅へ出兵するにあたり、妹の淀姫命が松浦へ遣わされ、兵船の準備にあたったとされる。淀姫命は松浦地方の族長と伝わる磯良を伴って志佐の膳崎に上陸し、この地を拠点とした。滞在中には、御厨の住民が淀姫命に蘇鉄の団子を献じたという伝承が残されており、現在も秋の例祭で団子を供える神事が受け継がれている。
淀姫命は松浦から出陣する際、沙迦羅龍王から潮満玉と潮干玉を借り受け、375人を率いて神功皇后とともに新羅へ向かったと伝えられる。帰朝後は志佐の地に関わり、病人平癒や雨乞いを行ったとされる。
淀姫神社の秋季例祭は「志佐宮日」と呼ばれ、毎年10月26日・27日に執り行われる。例大祭では平戸神楽の奉納や御神幸式が行われるほか、神社前の馬場では流鏑馬神事が催される。烏帽子と狩衣を身に着けた射手が馬上から3か所の的木に鏑矢を放つ伝統行事であり、この流鏑馬神事は2009年(平成21年)9月30日に松浦市指定無形民俗文化財に指定されている。
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神社詳細
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出典
公式サイト
http://yodohimejinja.com/
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