興神社 - 神社ファン

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興神社

こうじんじゃ

長崎県壱岐市芦辺町湯岳輿触676番

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長崎県壱岐市芦辺町湯岳輿触676番

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

御祭神

足仲彦命 たらしなかつひこ
息長足姫命(神功皇后) おきながたらしひめのみこと(じんぐうこうごう)

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(2柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

興神社は長崎県壱岐市に鎮座する神社。御祭神は足仲彦命、息長足姫命(神功皇后)の2柱をまつる。
社格は名神大社であり、壱岐国一宮、旧村社。
興神社は弘仁2年(811年)10月1日に鎮座したと伝えられる。鎮座地周辺は古くから「興」と呼ばれ、壱岐国府が置かれたと考えられている地域である。社記では、往古の当地を壱岐伊宅郷国名村とし、興神社を国の一宮、国分社としている。また、官庫の鍵と政所の印を納めていたことから「印鑰大明神」と称したと伝えられている。
仁寿元年(851年)には正六位上に叙せられたと伝わり、その後も神階が進められたとされる。
永禄9年(1566年)には宝殿が再建され、松浦肥前守源隆信の棟札が残されたと伝わる。永禄13年(1570年)には拝殿が再建され、こちらも松浦隆信によるものとされる。慶安2年(1649年)には平戸藩主松浦鎮信が木鏡と石額を奉納した。
延宝4年(1676年)には、平戸藩の国学者・橘三喜が壱岐の式内社を調査した。興神社についても式内社との比定が行われ、その後の式内社考証では複数の説が伝えられている。近世の記録には「湯岳村久保頭 興神社一宮」と記され、宝殿と拝殿があり、神主が奉仕していたことが記録されている。
社記には、例祭前夜に大神楽を奉奏し、翌日の例祭には国主の名代が兵具や幣帛を献上したことが記されている。また、女池の行宮への神幸も行われた。明治9年(1876年)には村社に列した。
境内には鳥居、拝殿、本殿などが建ち、本殿は覆屋の内部に納められている。境内社も祀られている。現在は壱岐七社の1社に数えられ、壱岐七社巡りの対象となっている。
例祭は4月13日に斎行され、神幸と大神楽が行われる。11月13日には新嘗祭が斎行され、小神楽が奉奏される。御朱印も頒布されている。
  • 一宮(壱岐国)
  • 村社
  • 名神大社
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神社詳細

摂末社・境内社

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文化財

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%88%E7%A5%9E%E7%A4%BE