有名度
前頭上位與止日女神社
よどひめじんじゃ
佐賀県佐賀市大和町大字川上1−1
佐賀県佐賀市大和町大字川上1−1

nannohi(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
與止日女神社以外にも 河上神社 淀姫さん とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 仕事
- 学業
- 子供
- 安全
- 厄除
與止日女神社には
「仕事系」「学業・技芸系」「子供系(有名)」「安全系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
農業をはじめ諸産業の守護神 厄除開運 交通安全
御祭神
與止日女命 よどひめのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「淀姫系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
與止日女神社は佐賀県佐賀市に鎮座する神社。御祭神は與止日女命の1柱をまつる。
社格は式内社であり、肥前国一宮、旧県社。
創建は欽明天皇25年(564)と伝えられる。古くは河上神社、河上宮などとも称された。『肥前国風土記』逸文には当地の神として世田姫の名がみえる。延長5年(927)に成立した『延喜式神名帳』には「與止日女神社」と記載され、佐嘉郡の式内社に列している。
平安時代後期には肥前国の国衙との関係を深め、応保年間(1161~1163)頃には肥前国一宮とされた。河上宮、河上神宮などの名で史料に現れ、文治2年(1186)の後白河院庁下文をはじめ、院庁・大宰府・国衙などから発給された文書が伝わっている。建久4年(1193)の文書には、河上宮が「一国無雙の霊神」と記されている。
鎌倉時代の弘長元年(1261)には正一位を授けられた。正応5年(1292)の史料には「肥前国一宮河上神宮」の名があり、同年の「河上宮造営用途支配惣田数注文」には肥前国内の公領や荘園とその田数が記録されている。平安時代から室町時代にかけての古文書は「河上神社文書」247通14巻として伝来し、国の重要文化財に指定され、佐賀県立図書館に保管されている。
中世には神宮寺と一体となった神仏習合の形態をとり、社域には社殿のほか鐘楼、三重塔、南大門などが建てられていた。16世紀には龍造寺隆信と神代勝利の争いが当地にも及び、永禄4年(1561)には川上峡合戦が起きた。元亀元年(1570)には豊後の大友氏による肥前侵攻で社殿などが焼失した。
焼失後に再建が進められ、元亀4年(1573)には現在も残る西門が建立された。西門は棟札の写しによって建立年代が確認されており、佐賀県内に現存する社寺建築では最古とされ、佐賀県重要文化財に指定されている。慶長13年(1608)には佐賀藩初代藩主・鍋島勝茂が石造の三ノ鳥居を寄進した。肥前鳥居の形式を残す三ノ鳥居は佐賀市重要文化財に指定されている。
その後、社殿は再び焼失し、現在の社殿は文化13年(1816)に鍋島家によって再建された。川上峡に面した境内には保存樹に指定されたクスノキがあり、社殿と境内を含む景観は佐賀市の景観重要建造物に指定されている。
春季大祭は毎年4月18日に行われ、五穀豊穣や家内安全を祈願する神事や舞の奉納が行われる。創建1450年にあたる2014年には式年大祭が斎行され、神事のほか稚児行列や豊玉姫行幸などが行われた。
社格は式内社であり、肥前国一宮、旧県社。
創建は欽明天皇25年(564)と伝えられる。古くは河上神社、河上宮などとも称された。『肥前国風土記』逸文には当地の神として世田姫の名がみえる。延長5年(927)に成立した『延喜式神名帳』には「與止日女神社」と記載され、佐嘉郡の式内社に列している。
平安時代後期には肥前国の国衙との関係を深め、応保年間(1161~1163)頃には肥前国一宮とされた。河上宮、河上神宮などの名で史料に現れ、文治2年(1186)の後白河院庁下文をはじめ、院庁・大宰府・国衙などから発給された文書が伝わっている。建久4年(1193)の文書には、河上宮が「一国無雙の霊神」と記されている。
鎌倉時代の弘長元年(1261)には正一位を授けられた。正応5年(1292)の史料には「肥前国一宮河上神宮」の名があり、同年の「河上宮造営用途支配惣田数注文」には肥前国内の公領や荘園とその田数が記録されている。平安時代から室町時代にかけての古文書は「河上神社文書」247通14巻として伝来し、国の重要文化財に指定され、佐賀県立図書館に保管されている。
中世には神宮寺と一体となった神仏習合の形態をとり、社域には社殿のほか鐘楼、三重塔、南大門などが建てられていた。16世紀には龍造寺隆信と神代勝利の争いが当地にも及び、永禄4年(1561)には川上峡合戦が起きた。元亀元年(1570)には豊後の大友氏による肥前侵攻で社殿などが焼失した。
焼失後に再建が進められ、元亀4年(1573)には現在も残る西門が建立された。西門は棟札の写しによって建立年代が確認されており、佐賀県内に現存する社寺建築では最古とされ、佐賀県重要文化財に指定されている。慶長13年(1608)には佐賀藩初代藩主・鍋島勝茂が石造の三ノ鳥居を寄進した。肥前鳥居の形式を残す三ノ鳥居は佐賀市重要文化財に指定されている。
その後、社殿は再び焼失し、現在の社殿は文化13年(1816)に鍋島家によって再建された。川上峡に面した境内には保存樹に指定されたクスノキがあり、社殿と境内を含む景観は佐賀市の景観重要建造物に指定されている。
春季大祭は毎年4月18日に行われ、五穀豊穣や家内安全を祈願する神事や舞の奉納が行われる。創建1450年にあたる2014年には式年大祭が斎行され、神事のほか稚児行列や豊玉姫行幸などが行われた。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
例祭
元旦祭 1月1日
川開き・ひゃあらんさんまつり 3月中旬
春季例大祭 4月18日
夏越大祓 6月30日
茅の輪くぐり神事 7月18日
川上参り 8月下旬~9月上旬
川閉じ式 9月上旬
おくんち行事 10月10日頃
秋季例大祭・新嘗祭 11月18日
大祓 12月30日
式年大祭 50年毎(直近は平成26年)
川開き・ひゃあらんさんまつり 3月中旬
春季例大祭 4月18日
夏越大祓 6月30日
茅の輪くぐり神事 7月18日
川上参り 8月下旬~9月上旬
川閉じ式 9月上旬
おくんち行事 10月10日頃
秋季例大祭・新嘗祭 11月18日
大祓 12月30日
式年大祭 50年毎(直近は平成26年)
文化財
河上神社文書
国 重要文化財
古文書 昭和55年6月6日指定
古文書 昭和55年6月6日指定
与止日女神社西門
佐賀県 重要文化財
建造物 昭和61年3月19日指定
建造物 昭和61年3月19日指定
与止日女神社三ノ鳥居
佐賀市 重要文化財
文化財種別不明 昭和58年10月17日指定
文化財種別不明 昭和58年10月17日指定
建築
本殿 五間社流造
神紋
情報募集
出典
公式サイト
https://yodohime-jinja.jimdofree.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%87%E6%AD%A2%E6%97%A5%E5%A5%B3%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
佐賀県
https://www.pref.saga.lg.jp/list02364.html
佐賀市
https://www.city.saga.lg.jp/main/200.html
https://yodohime-jinja.jimdofree.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%87%E6%AD%A2%E6%97%A5%E5%A5%B3%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
佐賀県
https://www.pref.saga.lg.jp/list02364.html
佐賀市
https://www.city.saga.lg.jp/main/200.html
