岡山神社 佐賀県 - 神社ファン

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岡山神社

おかやまじんじゃ

佐賀県小城市小城町180番

佐賀県小城市小城町180番

かんたんご利益

  • 学業
  • 勝負
岡山神社には

「学業・技芸系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

武神 学神

御祭神

國武大神 くにたけおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(2柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

岡山神社は佐賀県小城市に鎮座する神社。御祭神は國武大神、矛治大神の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
鍋島元茂は慶長7年(1602年)、佐賀藩初代藩主鍋島勝茂の庶長子として生まれた。元和3年(1617年)、祖父鍋島直茂の隠居領であった小城を継承し、小城藩初代藩主となった。翌元和4年(1618年)には柳生宗矩から柳生新陰流の免許皆伝を受け、後に3代将軍徳川家光の打太刀役を務めた。寛永14年(1637年)の島原の乱では藩兵を率いて出陣し、寛永17年(1640年)には小城藩が幕府から佐賀藩の分家として認められた。承応3年(1654年)、53歳で死去した。
2代藩主鍋島直能は元和8年(1622年)、元茂の長男として江戸に生まれた。承応3年(1654年)に家督を継ぎ、明暦2年(1656年)には鯖岡を桜岡と改称して屋敷を造営し、桜を植栽した。延宝3年(1675年)には後西上皇御製の和歌を賜り、『八重一重』と号した。延宝6年(1678年)に桜岡の館へ移り、翌延宝7年(1679年)に隠居して家督を鍋島元武へ譲った。貞享元年(1684年)には祥光山星巌寺建立を発願し、貞享2年(1685年)には自楽園を築いた。元禄2年(1689年)、68歳で死去した。
岡山神社の起源は、寛政元年(1789年)2月に旧藩士や領民が鍋島元茂と鍋島直能を祀るため國武社を創建したことにある。その後、安政5年(1858年)11月21日に岡山神社へ改称され、現在に至っている。
境内には社殿のほか、鳥居、燈籠、狛犬、神馬像などが配置されている。小城公園内に鎮座しており、公園の景観とともに参拝できる。
小城市重要文化財に指定されている岡山神社第一鳥居附燈篭は、平成15年(2003年)5月1日に指定された。第一鳥居は肥前鳥居の形式で、柱石には久米邦武撰文、中林梧竹筆による銘文が刻まれている。銘文には、明治21年(1888年)4月に鍋島直虎臨席のもとで落成したことが記されている。鳥居は建立当初、現在の桜城館南側に位置していたが、昭和50年(1975年)に現在地へ移設された。
石段脇には「献燈」「明治二十一年四月」の文字が刻まれた石燈籠一対が残されている。これらは鳥居と同時期に建立されたもので、中林梧竹による隷書が刻まれている。境内には現在も小城藩ゆかりの歴史を伝える文化財が残されている。
また、春には小城公園の桜とともに参拝客が訪れ、地域行事の際には神輿や小城神楽の奉納が行われることがある。地域の信仰と歴史を今に伝える神社である。
  • 郷社
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神社詳細

摂末社・境内社

境内社 天満神社
菅原道真公
境内社 玉成社
柳生宗矩
境内社 武成社
柳生十兵衛
境内社 松鉄祠
藩祖公に殉死せる十氏
末社 烏森稲荷神社
祭神不明

例祭

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文化財

岡山神社第一鳥居附燈篭
小城市 重要文化財
工芸品 平成15年5月1日指定

建築

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神紋

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出典
小城市
https://www.city.ogi.lg.jp/main/4902.html