鍋島元茂
なべしまもとしげ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 大名
江戸 [1602年~1654年]
鍋島元茂とは?
鍋島元茂(1602-1654)は江戸時代の武士。鍋島勝茂の子で鍋島直能らの親。肥前国(佐賀県・長崎県)佐賀藩主・鍋島家の長子として生まれる。祖父・鍋島直茂の元で幼少期を過ごし、1614年から佐賀藩の人質として江戸で過ごした。1617年に祖父の隠居領と家臣、さらに父の家臣を譲り受け小城鍋島家初代となり、これが後に佐賀藩の支藩となる小城藩の基礎となった。将軍家の兵法指南役であった柳生宗矩に新陰流を学び、後年、新陰流の目録「進履橋」や宗矩の著した「兵法家伝書」などを伝授されている。免許皆伝となった腕前から、3代将軍となった徳川家光の剣術稽古役を務めた。多才であった元茂は、剣術以外にも生花、茶など多くに通じ、生涯で20種もの免状を受けたといわれる。1637年に起きた島原の乱では、弟の鍋島直澄と共に佐賀藩兵を率いて出陣。1640年に幕府から佐賀藩の支藩として認められる。53歳で死去したが、晩年まで幕府と佐賀藩の仲介役として尽力した。 元茂は岡山神社(佐賀県小城市)で祭神・國武大神としてまつられている。ご利益は武運長久。小城藩2代藩主となった直能も合祀され、境内には元茂の死に殉じた10名の藩士もまつられている。
ご神徳
武運長久
