有名度
関脇宮地嶽神社
みやじだけじんじゃ
福岡県福津市宮司元町7-1
一番社・七福神社
更新日:2026年10月25日
七福神をお祀りする神社
奥之宮へと続く参道を進み、ボタン園を過ぎると、右手側に「七福神社」の案内が見えてきます。入り口には赤い鳥居が建ち、その先へ進むと奥之宮八社巡りの一番社・七福神社が鎮座しています。入母屋造、銅板葺の小さなお社で、御祭神として恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋の七福神がお祀りされています。七福神は福をもたらす神々として広く知られており、宮地嶽神社でも「福を運ぶ七福神」として、さまざまな御利益を授けてくださるとされています。

七福神はすべて同じ信仰から生まれたものではありません。日本に由来する恵比寿をはじめ、インドに起源を持つ大黒天・毘沙門天・弁財天、中国の道教などに由来する福禄寿・寿老人、実在した中国の禅僧を起源とする布袋など、異なる背景を持つ神仏が一つの「七福神」として信仰されるようになりました。
七福神信仰は「七難即滅、七福即生」という仏教の言葉とも結び付けられています。七つの災難を除き、福を招くという考えで、室町時代には七福神への信仰が広まり、その後、福徳を授ける縁起のよい神々として庶民の間にも定着していきました。
宮地嶽神社では、この七福神にあやかった7種類の「七福神守」も授与されています。それぞれの七福神との御縁を結ぶお守りとして、七福神社への参拝とあわせて受けてみるのもよいでしょう。

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七福神社の左隣に建つ大黒堂も、見どころのひとつです。堂内には大黒天や布袋をはじめ、多くの七福神の像がお祀りされています。同じ七福神でも像によって姿や表情が異なりますので、一体ずつ見比べてみるのも面白いでしょう。七福神について、それぞれの特徴をご紹介しますので、像を見るときの参考にしてください。
恵比寿は漁業や商売繁盛の神として信仰されています。七福神のなかで唯一日本に由来する神で、一般には右手に釣竿を持ち、左手に鯛を抱えた姿で表現されます。宮地嶽神社では、大国主神の御子である事代主神ともいわれると紹介されています。
大黒天は食物や財宝、福徳をもたらす神として信仰されています。もともとは古代インドに起源を持つ神ですが、日本では大国主神と習合しました。頭巾をかぶり、背中に大きな袋を担ぎ、手には打出の小槌を持って、米俵の上に立つ姿がよく知られています。
毘沙門天は福徳を授けるとともに、仏法を守護する神として信仰されています。四天王の一尊で、四天王としては「多聞天」と呼ばれます。甲冑を身に着けた勇ましい姿で表現されることが多く、武神としても信仰を集めてきました。
弁財天は音楽や知恵、財宝などに関わる神として信仰されています。七福神のなかでは唯一の女神で、琵琶を持つ姿がよく知られています。もともとはインドに起源を持つ神で、日本ではさまざまな信仰と結び付きながら福徳の神として広く信仰されるようになりました。
福禄寿は中国の道教に由来する福徳・長寿の神です。南極老人星と結び付けられ、長い頭と長い髭を持つ老人の姿で表現されます。杖を手にし、鶴や亀など長寿を象徴する動物を伴う姿も見られます。
寿老人は中国に由来する長寿の神で、福禄寿と同じく南極老人星と結び付けられ、両者を同一の神とする考えもあります。長い髭をたくわえた老人の姿で表現され、巻物を付けた杖などを持ち、長寿の象徴である鹿を従えた姿もよく知られています。
布袋は笑門来福や夫婦円満などの福をもたらす存在として親しまれています。中国・唐末から五代の頃に実在したとされる禅僧・契此を起源とし、弥勒菩薩の化身とも信じられました。大きなお腹と笑顔、大きな袋を背負った姿が特徴で、七福神のなかでも親しみやすい姿をしています。

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