裏と表で形式が違う楼門 | 太宰府天満宮 - 神社ファン

有名度

横綱

太宰府天満宮

だざいふてんまんぐう

福岡県太宰府市宰府4丁目7−1

裏と表で形式が違う楼門

更新日:2026年4月22日

多くの人々を出迎える凛々しい楼門

楼門は、青空をバックに凛とそびえる入母屋造りの門。美しい朱塗りの楼門は、御本殿への入り口として、多くの参拝客を出迎え続けています。
菅原道真のひ孫である菅原輔正(すがわらのすけまさ)によって、平安時代に創建されたのが起源です。
その後、幾度かの焼失と再建を繰り返しました。焼失してしまった門の中には、安土桃山時代の武将である石田三成による寄進の門も含まれていたそうです。
楼門 正面

表と裏で形が異なる珍しいデザイン

現在の楼門は、大正3(1914)年に建築家の三條栄三郎の設計によって建てられたものと言われていますが、実際の設計者は明治神宮も設計した安藤時蔵です。ちなみに三條栄三郎は宮地嶽神社、香椎神宮などを手掛けています。
楼門とは、元々2階建ての門のことを指し、1階の屋根がないものを言います。また屋根が2重になっているのが、一般的です。
太宰府天満宮の楼門も太鼓橋方向から見ると2層になっていますが、裏側の本殿方向から見ると1層という非常に珍しい造りも見逃せないポイント。表と裏のデザインの違いを気づかずに裏側はスルーしてしまう人も多いです。表と裏で表情の異なる楼門の前で記念撮影するのも一興です。
楼門 後面

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