高祖神社 福岡県 - 神社ファン

有名度

前頭

高祖神社

たかすじんじゃ

福岡県糸島市高祖1578

福岡県糸島市高祖1578

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

御祭神

主座

彦火々出見尊 ひこほほでみのみこと

左座

玉依姫命 たまよりひめのみこと

右座

息長足比女命 おきながたらしひめのみこと

相殿

神功皇后 じんぐうこうごう

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(3柱)」

です。
他に 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

高祖神社は福岡県糸島市に鎮座する神社。御祭神は彦火々出見尊、玉依姫命、息長足比女命、神功皇后の4柱をまつる。
社格は国史見在社であり、旧県社。
高祖神社の創建年代は明らかではないが、平安時代前期にはすでに存在していたと考えられている。神社は高祖山の西山腹に鎮座し、古代には怡土郡に属した。
貞観元年(859)1月27日、『日本三代実録』には高礒比咩神へ従五位下が授けられたことが記されている。高祖神社はこの高礒比咩神に比定されており、平安時代の史料にその名が見える古社である。
中世には高祖山に高祖城が築かれ、怡土郡で勢力を持った原田氏の本拠地となった。高祖神社は原田氏の崇敬を受け、社殿の造営や修理が行われた。
現在の本殿は天文10年(1541)に建立されたものである。その後、元亀3年(1572)に修理が行われ、寛文2年(1662)には向拝や妻、屋根まわりが改築されるとともに、四方縁から三方縁へと改められた。
近世には福岡藩主黒田氏の崇敬を受けた。寛文2年(1662)の修理は、第3代福岡藩主黒田光之の時代に行われた記録が残されている。
明治時代の近代社格制度では県社に列した。高祖神社には、平安時代の神階奉授、中世の原田氏による崇敬、近世の黒田氏による保護、そして近代の県社昇格に関する記録が伝わっている。
高祖神社の本殿は三間社流造、檜皮葺の社殿である。向拝正面中央に木階を設け、その両側には浜床を備える。身舎軸部には建立当初の部材が多く残されている。
本殿は天文10年(1541)の建立で、福岡県内に現存する神社本殿の中でも古い建築の一つである。令和5年(2023)9月25日には国の重要文化財に指定され、建立や修理の経緯を伝える棟札も附指定を受けた。
拝殿は18世紀前期の建築とされ、入母屋造・妻入を基本とし、桟瓦葺と一部本瓦葺を用いる。境内は上下二段に造成されており、拝殿と本殿は一段高い場所に配置されている。
祭礼では高祖神楽が伝承されている。古代の記録を持つ神社であり、中世に建立された本殿を現在まで伝えている。
  • 県社
  • 国史見在社
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神社詳細

公式URL

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建築

本殿 三間社流造

神紋

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出典
公式サイト
http://www.kiku.com/takasu_shrine/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E7%A5%96%E7%A5%9E%E7%A4%BE