工藤謙同先生之碑・宗像警部之像・軍艦千歳慰霊碑 | 水天宮 - 神社ファン

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水天宮

すいてんぐう

福岡県久留米市瀬下町265番ノ1

工藤謙同先生之碑・宗像警部之像・軍艦千歳慰霊碑

更新日:2025年6月28日

工藤謙同先生之碑・宗像警部之像

山梔窩の裏手には、江戸時代の医師・工藤謙同の碑や、久留米の防災に尽力した宗像小平太の像があります。
シーボルトに学んだ工藤謙同は、長崎から帰郷する際に病人を救った久留米で開業し、久留米藩内初の蘭方医となりました。
工藤謙同先生之碑
宗像小平太は、旧細川藩士・宗像景員の長男として生まれました。福岡県の警察官となり、その後久留米警察署消防主任に任命。火災に悩まされていた久留米のため、市民に防災・消防意識の普及を図ります。また消防組の改革を行ったことにより、組員の素質も向上。水道敷設により水利問題も解決しました。
宗像警部之像

軍艦千歳慰霊碑

航空母艦「千歳」の慰霊碑は、一の鳥居をくぐった右手に位置しています。「千歳」は1938(昭和13)年に就役。1944(昭和19)年10月にフィリピン・レイテ湾で沈没しました。「千歳」の名は筑後川の別名「千歳川」が由来となっていること。また艦内には水天宮が奉斎されていたことから、御霊をなぐさめるため、1978(昭和53)年に建てられました。
軍艦千歳慰霊碑

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