椿の宮と呼ばれる御社殿・御祭神・ご利益 | 水天宮 - 神社ファン

有名度

小結

水天宮

すいてんぐう

福岡県久留米市瀬下町265番ノ1

😞 🙁 😐 🙂 😄

椿の宮と呼ばれる御社殿・御祭神・ご利益

更新日:2026年9月13日

御社殿

1190(建久元)年創建と伝えられる水天宮は、全国各地に鎮座する水天宮の総本宮です。その始まりは、壇ノ浦の戦いで平家が滅亡した後にさかのぼります。
安徳天皇の母・高倉平中宮に仕えていた女官、按察使局伊勢(あぜちのつぼねいせ)は、1185(寿永4)年3月24日の壇ノ浦の戦いの後、筑後川のほとりにある鷺野ヶ原へ逃れました。そして1190(建久元)年、安徳天皇と平家一門の霊を祀ったのが水天宮の始まりとされています。
伊勢はその後剃髪して千代と名を改めました。周辺の人々に請われて加持祈祷などを行うと霊験あらたかであると評判になり、「尼御前」と称えられるようになります。このため、当初の水天宮は「尼御前神社」と呼ばれていました。
千代は中納言・平知盛の孫にあたる平右忠を養って後嗣とし、その子孫が代々水天宮の宮司を務めてきました。幕末に尊王攘夷運動で活躍した眞木和泉守も、この宮司家に生まれた第22代宮司です。
その後、筑後川流域がたびたび戦場となったため、水天宮は兵禍を避けて幾度も社殿を遷しました。慶長年間(1596~1615)には現在の久留米市新町1丁目へ遷座し、慶安3年(1650)、久留米藩2代藩主・有馬忠頼から現在の社地と社殿の寄進を受け、筑後川に面した現在地へ遷りました。
拝殿

御祭神・ご利益

御祭神は、天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、安徳天皇(あんとくてんのう)、高倉平中宮(たかくらたいらのちゅうぐう)、二位の尼(にいのあま)の4柱です。
筑後川のほとりに鎮座する水天宮は、古くから水の神として農業・漁業・船舶に携わる人々から信仰されてきました。また、子どもの守護神、安産・子授けの神としても篤い信仰を集めています。
水との深い関わりを伝えるもののひとつが、筑後川に残る河童伝説です。
九千坊河童
伝説では、筑後川には九千坊(くせんぼう)と呼ばれる河童の頭領と、その一族が棲んでいたとされています。九千坊河童は悪さを繰り返したため加藤清正に懲らしめられ、その後、久留米藩主の有馬公から筑後川に棲むことを許されたと伝えられています。その恩に報いるため水天宮の守護役となり、水害から人々を守ったという伝承が残されています。水天宮と河童との結びつきは現在にも伝えられており、久留米市の公式観光情報でも、水にゆかりのある水天宮が海運守護神として信仰され、河童伝説との結びつきが伝えられていることが紹介されています。
スポンサーリンク

御社紋にもなった椿

水天宮は椿の名所でもあり、「椿の宮」「椿の社」とも呼ばれています。本殿周辺には現在18種の椿が植えられ、2月頃から3月頃にかけて見頃を迎えます。
本殿周りに咲く椿
水天宮の公式サイトでは、虎丸、御所錦、紅乙女、黒椿、四海波、朱鷺の羽重、正義、太田白、大虹、桃園錦、白玉宝珠、覆輪秋の山、宝合せ、王昭君、久留米眉間尺、熊谷、古金欄、胡蝶侘助の18種が紹介されています。なかでも「正義」は、紅色の花弁に白い斑が入る久留米を代表する椿のひとつです。
本殿を囲む椿は単に境内を彩る花ではありません。椿は水天宮の御神紋であり、その由来として安徳天皇と玉江姫の恋物語が伝えられています。
福岡水天宮 御神紋
『平家物語』などでは、安徳天皇は壇ノ浦の戦いで二位の尼に抱かれて入水し、8歳で亡くなったとされています。しかし水天宮には、安徳天皇は壇ノ浦で崩御せず、按察使局伊勢に守られて筑後へ逃れたという伝承があります。
伝承によると、安徳天皇が身を隠した御座所は、筑後川のほとり、鷺野原にあった千寿院という寺院でした。天皇に仕えていた筑後の豪族・藤原種継には、玉江という17歳の娘がいました。玉江は天皇に仕える浄厚尼の勧めによって天皇のそばに侍り、身の回りの世話をするようになったと伝えられています。
千寿院の境内には、清水をたたえた井桁に寄り添うように美しい椿が咲いていました。その椿を前に、安徳天皇は玉江への思いを込め、「椿は八千代を寿ぎ、井桁は契りを宿すとかや」と語ったと伝えられています。
その言葉を聞いた浄厚尼は、天皇に玉椿を手折って末永く大切にするよう勧め、2人を祝福しました。こうして安徳天皇と玉江姫は契りを結んだとされ、この恋物語に由来して椿の花が水天宮の御神紋になったと伝えられています。
伝説にはさらに続きがあり、玉江姫は後に「神子禅師尊栄」と称される皇子を産み、安徳天皇は27歳で亡くなったとされています。玉江姫は禅寿尼と号し、その後も安徳天皇の霊を弔いながら生涯を送ったと伝えられています。
壇ノ浦で8歳で亡くなったという歴史上の安徳天皇と、筑後へ逃れて生き延びたという水天宮に残る伝承。その両方を踏まえて本殿を囲む椿を見ると、「椿の宮」と呼ばれる水天宮ならではの由緒をより深く知ることができます。
本殿と本殿周りの椿

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

水天宮の人気記事