有名度
関脇宗像大社 中津宮
むなかたたいしゃ なかつぐう
福岡県宗像市大島1811
御嶽神社
更新日:2026年10月31日
湍津姫神が降臨した神聖な場所
中津宮の裏手にそびえる御嶽山の山頂には、御嶽神社が鎮座しています。ここは中津宮のご祭神である湍津姫神が降臨したと伝えられる神聖な場所です。御嶽神社には天照大神と湍津姫神の荒魂が祀られており、麓の中津宮とともに古くから信仰の対象となっています。五穀豊穣・家内安全・入試合格祈願など、さまざまな願いを込めて訪れる人々が多く、今日まであつい信仰が続いています。
Indiana jo(wikipedia CC 表示-継承 4.0)
特に注目したいのが、山頂から沖ノ島を望めることです。古くから沖ノ島を望む場所では島の神々を遥拝してきたとされ、御嶽山山頂も沖ノ島への信仰と深く結びついた場所でした。また、山頂から南東方向には辺津宮を望むことができ、宗像大社を構成する三宮の位置関係を実際の景観から感じることができます。
春には桜やツツジなどの花々も見られます。御嶽神社への参拝だけでなく、大島でも特に眺望に優れた絶景・撮影スポットとして立ち寄りたい場所です。
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御嶽山祭祀遺跡
御嶽神社の裏手には、御嶽山祭祀遺跡があります。これは7世紀後半から9世紀末頃にかけて行われた古代祭祀の跡で、宗像大社中津宮の起源となるものです。この時代には社殿の中で神を祀るのではなく、御嶽山の山頂に設けられた祭祀の場で露天祭祀が行われていました。遺跡からは沖ノ島の露天祭祀遺跡と共通する奉献品が出土しています。なかでも滑石(かっせき)という柔らかい石材で作られた人形・馬形・舟形などの形代は、沖ノ島や辺津宮側の祭祀遺跡でも確認されており、宗像地域に特徴的な奉献品です。
Indiana jo(wikipedia CC 表示-継承 4.0)やがて露天祭祀から社殿での祭祀へと発展していき、山頂に御嶽神社、麓に中津宮の本殿と拝殿が建てられました。1556年(弘治2年)の『大島第二宮年中御神事次第』には、御嶽神社は「上宮」、中津宮は「本社」と記されており、少なくとも16世紀には現在のような形態で、御嶽神社と中津宮社殿が並立していたことがわかります。
現在も御嶽山山頂の御嶽神社と御嶽山祭祀遺跡、山頂へ続く参道、麓の中津宮社殿は一体の信仰空間を形成しています。古代の露天祭祀から現在の神社祭祀へと続く中津宮の長い歴史を、実際の場所をたどりながら感じられるのが御嶽山の大きな見どころです。
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