戸上神社 - 神社ファン

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戸上神社

とのえじんじゃ

福岡県北九州市門司区大里戸ノ上4丁目4−2

福岡県北九州市門司区大里戸ノ上4丁目4−2

かんたんご利益

御祭神

天之御中主神 あめのみなかむしのかみ
伊邪那岐神 いざなぎのかみ
伊邪那美神 いざなみのかみ
外十七柱

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(3柱)」

です。
他に 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

戸上神社は福岡県北九州市門司区に鎮座する神社。御祭神は天之御中主神、伊邪那岐神、伊邪那美神、外十七柱をまつる。
社格は旧県社。
戸上神社の創建は、社記によれば宇多天皇の寛平年間(889~898年)にさかのぼる。戸ノ上山の山上に天御中主神・伊邪那岐神・伊邪那美神の三柱を奉祀したことに始まると伝えられている。奉祀の際には御霊代を枝折戸に奉載して山上へ奉安したとされ、これにちなみ山を戸上山、神社を戸上神社と称したという。
戸ノ上山には古くから山岳信仰があり、戸上神社は山頂の上宮と山麓の本宮を中心に信仰を集めてきた。また、戸ノ上山には満隆寺が置かれ、縁起では大同元年(806年)に弘法大師空海が唐から帰朝した際、この地で修法を行い、山麓に堂宇を建立したと伝えている。その後は神仏習合のもとで神社と寺院が並存した。
戦国時代には門司城をめぐる争乱の影響を受け、大友宗麟方の兵火によって山上や山麓の堂宇・僧坊が焼失したと伝わる。のちに慶長年間(1596~1615年)、僧快周によって再建が進められ、修験道の拠点として存続した。明治初年の神仏分離により神社と寺院は分離され、長く続いた神仏習合の歴史に区切りがつけられた。
江戸時代には筑後久留米藩主有馬家の崇敬を受けた。寛永20年(1643年)、有馬家が大里に船屋敷を設けると、歴代藩主や関係者から石鳥居や灯籠、絵馬などが奉納された。現在も当時の奉納物が伝えられている。
祭事では10月の秋季大祭が行われ、本宮から上宮へ神璽を還す神幸行事で山神輿が戸ノ上山を登る。神璽を包んでいた真榊を参拝者へ分け与える榊頒の神事も伝わり、かつては流鏑馬も奉納された。現在も春季大祭や夏越祭など、年間を通じて多くの祭典が斎行されている。
  • 県社
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出典
公式サイト
http://tonoe-jinja.jp/index.html