有名度
関脇筥崎宮
はこざきぐう
福岡県福岡市東区箱崎1丁目22−1
玉せせり(玉取祭)
更新日:2025年6月30日
締め込み姿の男衆が玉を奪い合う冬の奇祭
例年の1月3日の午後に行われる玉取祭は、室町時代に始まったとされる約600年以上の歴史があるお祭りです。玉洗い式で洗い清められた陰陽2つの木玉が、筥崎宮の末社である玉取恵比須神社に運ばれます。陽玉が裸に締め込み姿の男衆に手渡されて、お祭りが開始です。男衆は「競り子」と言われ、陸側と浜側の二手に分かれて玉を奪い合いながら、本宮へと進んでいきます。陽玉の大きさは直径約28センチ、重さ約8キロで片手で持つのは少し厳しいです。祭り中は競り子たちに力水がかけられ、ずぶ濡れになりながら玉を運んでいきます。楼門下で待ち受ける神職に玉を手渡した後は、2つの玉が神前に納められ、お祭りが無事に終了となります。
玉に触れることで災難を逃れられ、幸運を授かれると言われています。玉取祭には、一年の吉凶を占う意味あり、陸側が玉をあげれば豊作、浜側があげれば豊漁と伝わっています。ラクビーを彷彿とさせる激しい玉の奪い合いがお祭りの醍醐味です。
この玉の由来にはさまざまな説があります。筥崎宮の配祀神で祀られている神功皇后が三韓征伐のため朝鮮出兵の際、龍神に捧げた満珠(水を満ちさせる)と干珠(水を干上がらせる)にあやかったとされる説。他には筥崎宮のお潮井浜で海上に浮かぶ二つの玉をひろって、一つを筥崎宮に奉納すると夜に光り、鳴動したためもう一つも箱崎宮に納めたという説も有名です。
玉せせりの愛称でも親しまれている玉取祭は、「長崎くんち」や「八代妙見祭」と共に九州三大祭りのひとつに数えられています。

この記事を0人の方がいいねといっています
スポンサーリンク
筥崎宮の人気記事
-
重要文化財の鳥居この記事を2人が評価
-
国の重要文化財 楼門この記事を2人が評価
-
箱崎の地名の元にもなった御神木 筥松この記事を1人が評価
