玉せせり(玉取祭) | 筥崎宮 - 神社ファン

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筥崎宮

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玉せせり(玉取祭)

更新日:2026年7月25日

締め込み姿の男衆が玉を奪い合う冬の奇祭

毎年1月3日に行われる玉取祭(玉せせり)は、約600年以上の歴史を持つ筥崎宮を代表する祭礼です。室町時代に始まったと伝えられ、勇壮な祭りとして全国的にも知られています。その迫力ある光景から「玉せせり」の愛称でも親しまれ、「長崎くんち」「八代妙見祭」と並ぶ九州三大祭りの一つに数えられています。
祭りでは、まず玉洗い式で洗い清められた陰玉と陽玉の二つの木玉が、末社の玉取恵比須神社へ運ばれます。このうち直径約28センチ、重さ約8キログラムもある陽玉が締め込み姿の競り子へ手渡されると、いよいよ祭りの始まりです。
競り子は陸側と浜側の二組に分かれ、玉を奪い合いながら楼門を目指します。祭りの途中では勢いよく力水が浴びせられ、競り子たちは全身ずぶ濡れになりながら激しくもみ合います。その迫力はラグビーを思わせるほどで、玉を抱えた男衆が何度も折り重なりながら前へ進む姿は、この祭り最大の見どころです。
玉せせり(玉取祭)
最後は楼門で待ち受ける神職へ玉が渡され、陰玉とともに神前へ納められて祭りは終了します。玉に触れると一年の災難を避け、幸運を授かると信じられていることから、多くの参拝者が玉に手を伸ばします。また、その年に陸側が玉を奉納すれば豊作、浜側なら豊漁になると伝えられ、一年の吉凶を占う神事としても受け継がれています。
玉の由来にはいくつかの伝承があります。一つは、御祭神・神功皇后が三韓出兵の際に龍神から授かったとされる満珠・干珠にちなむという説です。もう一つは、お潮井浜の沖合に浮かんでいた二つの神秘的な玉を拾い、一つを筥崎宮へ奉納したところ夜ごと光を放ち鳴動したため、残る一つもともに納めたという伝承です。
勇壮な競り合いの中にも神事としての厳かな意味が込められた玉せせりは、新年の筥崎宮を象徴する祭礼です。毎年多くの見物客が訪れ、熱気と歓声に包まれる境内は、一年の始まりを祝う活気に満ちあふれます。

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