有名度
関脇筥崎宮
はこざきぐう
福岡県福岡市東区箱崎1丁目22−1
蒙古軍船の碇石
更新日:2025年6月30日
蒙古襲来の歴史を映す貴重な遺物
鎌倉時代の中期から後期に、文永・弘安の役の2度にわたり行われた蒙古襲来(元寇)。筥崎宮は、蒙古襲来と関わりの深いスポットでもあります。蒙古襲来に際して、筥崎宮に参拝した亀山上皇が神門に「敵国降伏」の扁額が掲げながら外敵退散を祈願ところ、神風が吹いて蒙古軍が撤退し、日本軍が勝利を勝ち取ったとの逸話も。蒙古襲来以降、筥崎宮は勝利の神として全国に名をはせています。
蒙古襲来のエピソードを物語るように、全長2~3mほどの角柱状の蒙古襲来の碇石(いかりいし)が境内に置かれています。蒙古襲来の碇石は、蒙古軍が船のいかりとして使用していたと考えられる重量250kgほどの石で、昭和十五(1940)年に博多港で発見され奉納されたものです。蒙古軍船の碇石を含む9点の遺物が蒙古碇石として、福岡県の有形文化財に指定されています。

元寇 (軍歌)
碇石の近くには1892年(明治25年)に永井建子作曲の軍歌の記念碑があります。元寇をテーマにした歌で大正天皇も愛唱したと言われています。特に戦前は有名な歌で戦後は替え歌も多くつくられました。黒澤明の監督の「一番美しく」でも使われています。
この記事を0人の方がいいねといっています
スポンサーリンク
筥崎宮の人気記事
-
重要文化財の鳥居この記事を2人が評価
-
国の重要文化財 楼門この記事を2人が評価
-
箱崎の地名の元にもなった御神木 筥松この記事を1人が評価
