鰐河神社 - 神社ファン

有名度

前頭

鰐河神社

わにかわじんじゃ

香川県木田郡三木町下高岡1843-1

香川県木田郡三木町下高岡1843-1

鳥居と拝殿

Psjk2106(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

鰐河神社以外にも 四条大宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
鰐河神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」 「八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鰐河神社は香川県木田郡三木町に鎮座する神社。御祭神は豊玉姫命、應神天皇の2柱をまつる。
社格は式内社であり、郷社。
和爾賀波神社の創建年代は不詳である。社伝では、豊玉比賣命が亀に乗って讃岐国山田郡潟元、現在の屋島付近に上陸し、鵜葺草葺不合尊を産んだと伝えられている。その後、豊玉比賣命は鰐に乗って川を遡り、この地に上陸したという。この川は鰐川と呼ばれ、現在の鴨部川にあたると伝えられる。また、行基がこの地に社を創建したという伝承も残る。延喜7年(907年)には八幡神を配祀し、高岡八幡とも称した。神仏習合の時代には別当寺として応神寺が置かれた。延長5年(927年)に成立した延喜式神名帳には、讃岐国三木郡の式内社として和爾賀波神社の名が記されている。現在の三木町には、同じく「わにかわじんじゃ」と読む鰐河神社があり、和爾賀波神社とともに式内社の論社とされる。ほかに白山神社、引宮神社も論社に挙げられている。
平安時代から室町時代にかけては、数回の遷宮記録が残る。社地や祭祀の変遷について詳しい年代は確認できないが、井戸の地で祭祀が続けられてきた。
明治元年(1868年)の神仏分離により応神寺は廃止された。明治5年(1872年)、社名は鰐河神社に改められ、郷社となった。近代以降も地域の神社として崇敬を集めている。
本殿は流造である。例祭は毎年10月第1日曜日に行われる。鰐河神社の獅子舞に用いられる獅子頭は、高さ63cm、幅90cm、長さ100cmで、油単を含めると全長約13mに及ぶ。獅子舞は50人がかりで動かされる大型のもので、三木町指定文化財となっている。三木町獅子舞フェスタなどでも披露されている。
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

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文化財

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建築

本殿 流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B0%90%E6%B2%B3%E7%A5%9E%E7%A4%BE