賢木門 | 金刀比羅宮 - 神社ファン

有名度

大関

金刀比羅宮

ことひらぐう

香川県仲多度郡琴平町892-1

賢木門

更新日:2025年7月10日

柱を逆に建てた逸話の残る門

旭社の前を通り過ぎ、さらに表参道を進んだ先には「賢木門(さかきもん)」が建っています。1584年に戦国大名の長曽我部元親より寄進された門です。檜皮葺の屋根に、唐破風と千鳥破風の棟が交錯する特徴的な構造となっています。掲げられた「賢木門」の扁額は、有栖川宮熾仁親王殿下の御筆です。
賢木門
賢木門には,興味深い逸話が残されています。
長曽我部元親が軍を率いて金刀比羅宮を焼き払おうとしたところ、突然暴風が起こり木の葉が数千もの蜂に変わって襲いかかってきました。それを神罰と考えた元親は、神仏に詫び、急いで門を奉納しました。しかし、慌てていた為に柱を逆に建ててしまったと言われています。そのため「長宗我部の逆木門」と呼ばれるようになりました。実はこの話は史実ではなく、長宗我部家を貶めるために後世に作られた創作だと考えられています。
奉納された門は、1660年に京都の仏師である弘教宗範咲が彫った四天王「持国天」と「多門天」の二体の像が安置され、二天門となりました。
やがて明治時代に入り神仏分離令が出されると、金刀比羅宮では存続のために様々な改革が行われたと伝わります。1879年(明治12年)には二天門が改築され、逆木の柱は宝物館へと収められました。
また名称も、以前使用されていた「逆木」という不吉な響きを避けるため、「賢木門」と改称されました。
賢木門の扁額

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