和様と禅宗様が調和した 五重塔 | 厳島神社 - 神社ファン

有名度

横綱

厳島神社

いつくしまじんじゃ

広島県廿日市市宮島町1-1

和様と禅宗様が調和した 五重塔

更新日:2025年7月3日

国の重要文化財の五重塔

嚴島神社の御本社から北東に位置する塔の岡には、千畳閣とともに五重塔が建っています。1407年に建立されたと伝わる三間五重塔婆で、高さは27.6メートル、屋根は檜皮葺です。神仏習合時代を象徴する貴重な建築物であり、1900年(明治33年)には国の重要文化財に指定されました。
五重塔
嚴島神社の五重塔は、和様と禅宗様が調和した見事な建築様式で造られています。日本に存在する他の仏塔と同じく和様を基調としていますが、屋根軒先の反りが大きいことや、入口の板扉、柱の粽(ちまき)、三角形状に尾垂木の先端を削っている点など、禅宗様の要素も確認できることが特徴です。また内部の見学はできませんが、内陣の天井には雲竜、外陣の天井には葡萄唐草、来迎壁の表には蓮池、裏には白衣観音像、周囲の壁板には瀟湘(しょうそう)八景を添景とした、真言八祖の壁画が描かれています。また五重塔の心柱は2層目で止まっており、これにより風を受け流し、倒壊を防いでいます。
神仏習合時代は、本尊の釈迦如来、普賢菩薩、文殊菩薩が安置されていましたが、明治時代の神仏分離によって大願寺へと遷されました。
見上げた五重塔

大願寺

嚴島神社の廻廊出口近くには、大願寺が建っています。高野山真言宗の寺院であり、古くから嚴島神社と関係が深いお寺です。かつては塔の岡の麓にあり、千畳閣や五重塔などとともに、一大伽藍を築き上げていました。
大願寺Taisyo(wikipedia CC 表示 3.0)
明治時代の神仏分離令によって、嚴島神社から多くの仏像が遷されました。本堂には、日本三大弁財天のひとつに数えられている嚴島弁財天をはじめ、千畳閣の本尊だった釈迦如来や、脇侍の阿難尊者と摩訶迦葉尊者、五重塔の本尊だった釈迦如来や脇侍の文殊菩薩と普賢菩薩の三尊像など、貴重な仏像が安置されています。嚴島神社の歴史を知る上で重要な寺院です。ご興味のある方はぜひ大願寺にも足を運んでみることをおすすめします。

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

厳島神社の人気記事