広島東照宮 - 神社ファン

有名度

前頭

広島東照宮

ひろしまとうしょうぐう

広島県広島市東区二葉の里二丁目1番18号

広島県広島市東区二葉の里二丁目1番18号

拝殿

Naokijp(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 厄除
広島東照宮には

「仕事系」「子供系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家安泰 仕事運向上 開運

御祭神

徳川家康公 とくがわいえやすこう

神社系統

この神社の主な系統は

東照宮系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

広島東照宮は広島県広島市東区に鎮座する神社。御祭神は徳川家康公の1柱をまつる。
社格は旧村社。
広島東照宮は、慶安元年(1648年)に広島藩主・浅野光晟によって造営された。徳川家康公の33回忌にあたり、光晟は家康公の第三女・振姫を生母としていた。社殿は広島城の鬼門にあたる二葉山山麓に建立され、徳川家康公の神霊が祀られた。
江戸時代には、歴代広島藩主が社領300石を寄進した。春と秋には祭礼が営まれ、寛文6年(1666年)以後は、徳川家康公の50年忌ごとに大祭も行われた。広島東照宮の社殿は二葉山山麓の高台にあり、広島城下を望む場所に建てられていた。
明治3年(1870年)に社領が廃止された。明治4年(1871年)、浅野家が東京へ移る際には神霊も東京へ遷されたが、その後、広島市内の有志が浅野家へ神霊の帰還を願い出て、再び広島へ戻された。
昭和20年(1945年)8月6日、原子爆弾の熱風により、桧皮葺の本殿、中門、瑞垣、拝殿が焼失した。現在の社殿は、昭和40年(1965年)4月、徳川家康公350年祭にあわせて再建されたものである。
境内には、慶安元年(1648年)造営の本地堂が残る。本地堂には当初、徳川家康公の本地仏とされた薬師如来が祀られていたが、明治以降は神輿舎として使用されている。また、慶安年間頃に製作された大神輿は原爆による焼失を免れ、現在は神輿蔵に納められている。
東照宮唐門および翼廊は、広島市指定重要有形文化財に指定されている。唐門は一間一戸向唐門、本瓦葺で、翼廊は東西とも桁行10間、梁間1間、一重、切妻造、桟瓦葺である。指定日は昭和50年(1975年)9月22日である。
祭礼では、春季例祭が4月17日またはこれより前の日曜日、秋季例祭が10月17日またはこれより前の土曜日・日曜日に行われる。
  • 村社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

末社 金光稲荷神社
宇迦之御魂神
うかのみたまのかみ
境内社 御産稲荷社
御産稲荷大神
境内社 祖霊社
天之御中主大神
あめのみなかぬしのおおかみ

例祭

通り祭礼 徳川家康没後50年ごと(直近は平成27年10月10日)
歳旦祭 1月1日
とんど祭り(古守札焚上祭) 1月15日近くの休日
春の慰霊祭 3月春分の日
春季例祭(祈年祭・春祭り) 4月17日又はこれより前の日曜日
夏越大祓 6月30日
原爆慰霊祭 8月6日
秋の慰霊祭 9月秋分の日
秋季例祭(新嘗祭・秋祭り) 10月17日又はこれより前の土・日曜日
七五三詣 9月下旬~12月上旬
年越大祓 12月31日
除夜祭 12月31日
月次祭 毎月1日・15日

文化財

東照宮唐門及び翼廊
広島市 重要文化財
建造物 昭和50年9月22日指定
東照宮手水舎
広島市 重要文化財
建造物 昭和50年9月22日指定
東照宮本地堂
広島市 重要文化財
建造物 昭和50年9月22日指定
東照宮御供所(附)脇門
広島市 重要文化財
建造物 昭和53年2月13日指定
東照宮神輿及び舎利塔
広島市 重要文化財
工芸品 昭和59年3月19日指定
木造獅子頭
広島市 重要文化財
工芸品 平成14年11月29日指定

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.hiroshima-toshogu.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE
広島市
https://www.city.hiroshima.lg.jp/soshiki/46/11419.html
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/