サムハラ神社 岡山県 - 神社ファン

有名度

前頭

サムハラ神社

さむはらじんじゃ

岡山県津山市加茂町中原900−3

岡山県津山市加茂町中原900−3

かんたんご利益

  • 健康
  • 厄除
サムハラ神社には

「健康系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

厄事災難除 無傷安全無病息災 延命長寿

御祭神

天之御中主大神 あめのみなかぬしのおおかみ
高皇産霊大神 たかむすびのおおかみ
神皇産霊大神 かみむすびのおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

造化三神系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

サムハラ神社は岡山県津山市に鎮座する神社。御祭神は天之御中主大神、高皇産霊大神、神皇産霊大神の3柱をまつる。
由緒は、美作国東北条郡中原村、現在の津山市加茂町中原の日詰山山中に古祠があったことに始まる。古祠には「サムハラ」の文字が伝わっていたが、創建年代などの詳細は伝わっていない。古祠は歳月の中で荒廃したものの、地域住民の尊崇によって受け継がれてきた。
当地出身の田中富三郎は、日清戦争、日露戦争、常陸丸事件、鉄嶺丸事件などの危難を免れたことを、奉持していたサムハラの護符の御神徳によるものとして信仰した。昭和9年(1934年)には奉賛会「信光会」を結成し、昭和10年(1935年)に荒廃していた古祠を再建した。
第2次世界大戦中には、大阪師団司令部を通じて出征兵士へ御守が授与され、武運長久が祈願された。戦後の昭和21年(1946年)、日詰山山中に社殿が改めて再建された。
昭和25年(1950年)には、大阪中之島の豊国神社境内へ分霊され、これに伴い岡山の社殿は元宮・奥宮と称されるようになった。昭和36年(1961年)、大阪市役所増築に伴って豊国神社が大阪城内へ奉遷され、サムハラ神社も現在の大阪市西区立売堀へ移築遷座した。平成17年(2005年)、台風被害を受けた岡山奥宮は、加茂金刀比羅神社や地元関係者の協力によって、津山市加茂町中原900-3の現在地へ遷座した。
現在の社殿は日詰山周辺に鎮座し、公式サイトでは「奥之院」として案内されている。神職は常駐していない。大阪のサムハラ神社では、歳旦祭、節分祭、春季大祭、秋季大祭、大祓式、月初祭、月次祭などの祭事が執り行われている。
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神社詳細

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出典
岡山県神社庁
https://www.okayama-jinjacho.or.jp/